5月15日(土)晴れ ここに来て、はや1週間ちょっと。 ワンパの世話をする毎日が続いています。 まあ、世話と言っても、ワンパの餌作りやお掃除はペケさんがやってくれていて、 私はもっぱら、ワンパと一緒に遊んだり、食事したりしているだけなんですけど。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 たまき:おはようワンパ〜! 今日も元気かね? ワンパ:ワフ! たまき:よしよし、いい子いい子。 ご飯もちゃんと食べたね。 じゃあ、ちょっと散歩に行こうか。 ワンパ:ルゥフルゥ。 ウォフ!ウォフ! たまき:行こう! 今日はどこに行こうかねぇ。 ・・・って言っても、歩けるのはこのドームに中だけなんだけどね。(独り言) そうだ、今日は暑くなりそうだから、滝の方に行こうか。 きっと涼しいよ。 ドームの端の方には10mほどの岩山があり、そこに滝が作ってあります。 滝のつくる水の飛沫が周囲の気温を下げるので、 この辺一体だけ涼しくなっているのです。 たまき:急に涼しくなるね。 なんかいい気持ち。 ワンパ:ウォフ。 たまき:あんまり滝に近づくと、毛が濡れちゃうよ。 ・・・ちょっと?・・・ワンパ? 近づいちゃ駄目だってばさ〜。 ん?・・・滝壷に何か見えるの? ワンパ:ウルルルルゥ・・・ たまき:あ、金魚が泳いでる〜。 ここ、サカナもいるんだ。 可愛いね〜♪ 今度、餌あげよう。 ワンパ:ウルルワフ! たまき:こらぁ、そんなに乗り出したら落ちちゃうでしょ!? あっ、だめ!!きゃっ・・・ ワンパ:ウォ? (だっぽーーーーーーん) たまき:・・・・・・んもー、なにすんの〜? って言うか、なんで私だけ落ちて、キミが無事なんだよ〜。(笑) ああ、ぐしょぐしょ。・・・着替えてこなきゃ。 ねぇ、ワンパ。ちょっとここで待っててくれる? ワンパ:ワフ〜。 たまき:またあとで遊んであげるから。じゃね。 たまき:とは言っても、着替えが乏しいからなぁ。 ペケさんに頼んで、乾燥機を使わせてもらおうっと。 ・・・もう、びしょ濡れで変なカンジ〜。 ペケさん、何処にいるのかなぁ。 ペケ :・・・・・・から、先ほど連絡がありました。 クライエントは報告書の内容に非常に満足しているとの事です。 シスター:そうでしょうとも。 今回は、あの寺月たまきのおかげで、とてもうまくいっていますからね。 たまき:(ワンパの大事な話かな。なんか入りそびれちゃった・・・。) ペケ :彼女に任せたのは良いアイディアでした。 シスター:霊長類であること以外、生態が謎に包まれたあの動物を自然に帰すなど、 まったくの不可能なのですが、私の美辞麗句に簡単に引っかかりましたね。 それで? ペケ :はい。 2週間後にいつも通り第三国経由でワンパを送り出します。 それまでに準備を整えておいて欲しいとの事です。 シスター:トラフィックの連中、まだこちらの動きに気が付いてないのでしょうか。 ペケ :奴等は大口の取り引きには目を光らせていますが、 わたしたちのやるような小口の取引までは、手が回らないようです。 恐らくまだ大丈夫でしょう。 シスター:彼らにさえ目を付けられなければ、 この国は、出国のときは税関のチェックが緩いので、 楽に商売が出来るというものなのですが。 ペケ :しかしシスター。 ああいううるさい連中がいるからこそ、私達の商品の値が上がるのでは? リスクのある所に利益があるのでしょう? シスター:フフフ。そうですね。 CITES様々というわけですか。 ペケ :とにかく、あと2週間のうちにワンパを送れるよう、準備に入ります。 たまき:(トラフィックやCITESって何だろう。) (「値が上がる」ってことは、・・・ワンパを売るってこと?) ペケ :・・・ところでシスター。 あの寺月たまきですが、ワンパを送り出したあと、いかがいたしましょうか。 無事に家に帰すなどと、先日シスターはおっしゃってましたが、 警察に通報される可能性が高いので、わたしはそれには反対です。 たまき:(そんなぁ・・・。) シスター:まあ、ペケさんたら、そんな心配は無用です。 あの時は、ワンパの為にどうしても彼女の協力が必要だったから、 ああ言ったに過ぎませんよ。 たまき:(・・・・・・え?) シスター:環境が変って戸惑い、寂しい思いをして健康を害していたワンパに、 もっとも適した「ペット」を与えたに過ぎません。 ワンパさえ元気になれば、あんな子はどうでも良いのです。 たまき:(・・・・・・ワンパのペット?わたしが?) ペケ :新しい飼い主にワンパを渡す際に、あの娘も付けて渡したらいかがでしょう。 あの娘がいれば、住む環境がまた環境が変っても、 ワンパの調子が悪くなる事を防げるかもしれません。 シスター:・・・そうですね。 ペケさん、良いアイディアです。そうしましょう。 では、送り出しの準備、始めてください。 ペケ :かしこまりました。それでは失礼します。 シスター:よろしくお願いしますね。 (・・・キュッ) ペケ :・・・ん? なぜ廊下の床が水で濡れているんだ? あたしがさっきここに来た時は、なんともなかったはず・・・。 たまき:はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・。 立ち聞きしてたの、バレなかったかなあ。 どうしよう。 もう信じられないよ。 シスターさんもペケさんも、あんな人だったなんて・・・。 とにかく、ワンパのところに行かなくちゃ。 ワンパ:ワフルゥ♪ たまき:ワンパ、あのね、大変なの。 一緒に逃げよう! ワンパ:ウルルゥ・・・。 たまき:わたし達がこのドームに出入りする入り口は、ワンパは通れないでしょう? 君は一体どこからここに入ったのかな。 どこかに大きな入り口があるんでしょう?そこから逃げよう。 ・・・でも、お散歩しているときには、そんな入り口は見当たらなかったし。 滝の裏は・・・細い滝だから、そんな大きな入り口は隠せそうにないし。 えっ?ちょっとワンパ、どこに行くの? ワンパ:ワゥ!ルルルゥフ!! たまき:あっち?この岩山の上? ・・・そうか。あの上に秘密の入り口があるんだ。 どこかから登れるんだね。 よし行こう。 ワンパ:ワフ! たまき:ふぅ〜、だいぶ高いところまで登れたね。 あとちょっとで、頂上だよ。 ・・・何とかして、ここから外に出なくちゃ。 そのあとの事は、出てから考えよう。 4級免許でなんとかなるボートがあるといいけど。 ペケ :どちらにお出かけ?たまきちゃん。 たまき:(ドキッ) シスター:このような高い所に、大切なワンパちゃんを連れてきてしまってはいけません。 落ちて怪我でもしたらどうするのですか。 たまき:あぁ、シスターさんにペケさん。 ・・・その、岩山の上のほうってどうなってるのかな〜、 なんて思ったりしたもので。 シスター:あまり勝手にあちこち行かれては困ります。 「好奇心は猫をも殺す」といいますよ。 ペケ :上には大型荷物の搬入口があって、その外にはヘリパッドがあるんだよ。 ただ、そこで行き止まり。下に降りられる階段とかは、ないんだなぁ。 たまき:そうなの・・・。 シスター:そうなのです。 さあ、私達と戻りましょう。 実はワンパちゃんの自然回帰の訓練がほぼ終了したので、 新しい訓練のプログラムを組んでみたのです。 それについて、たまきさんにご相談があるのですが。 たまき:・・・・・・・・・。 シスター:・・・やはり、さきほどの私達の話を聞いていたのですね。 どうしましょう、ペケさん。 ペケ :そうですね。 最初に入れた部屋に閉じ込めておいて、ワンパを移送するときになったら、 薬で眠らせて、一緒に送ってしまえば良いのでは? たまき:かっ、勝手に決めないでよ! あなた達のすきにはならないんだから! ワンパ:ウォフ!(ドタドタドタドタ) たまき:あっ、ワンパ!待って! シスター:ああ、さらに上に・・・。 追いかけますよ、ペケさん。 ペケ :はっ。 たまき:はぁっ、はぁっ、まだ服が濡れてて重たい・・・。 ワンパ、もうだめだよ。行き止まり・・・。 なんでこんな事になっちゃったの? ワンパ:・・・・・・・・・・・・ルルゥ。 ペケ :もう逃げ道はないよ。 諦めて、こっちにおいで。 シスター:そうです。 その高さから落ちたら、ただではすみませんよ。 たまき:それ以上こっちに来ないで! 来たら、ここからワンパと飛び降りちゃうんだから! シスター:なんということを言うのですか。 たまき:・・・本気なんだから。 ワンパ:・・・・・・ウゥ。 たまき:その、足元の岩の色が変っているところまでさがって。 シスター:・・・わかりました。 大事なワンパを傷つけられてはたまりません。 たまき:(・・・もう逃げ道がない。そこのドアから外に出ても行き止まりだし。 ちょっと2人を下がらせたって、撃たれたらお終いだもん。 こうなったら一度捕まって、隙を見て逃げ出せば・・・いや、 それじゃあワンパを連れ出せない・・・。) ・・・子供のとき、海で泳いでいるとき高波に攫われて、おぼれた事があります。 上も下もわからなくなって、たくさんの水を飲みこんで、とても苦しかった。 自分ではどうすることも出来ない。泣いてもどうにもならない。 助けを求める事も逃げ出す事も出来ない。 そんなことがあるんだって、気を失う瞬間に思いました。 そして今、あのときの水の色を思い出します。 シスター:(・・・ワンパが安全なところに来たら、彼を麻酔銃で撃つのです。) ペケ :(わかりました。それで、寺月たまきはどういたしましょうか。) シスター:(しかたありません。あれはもう、いいです。) ペケ :(・・・では落ちてもよろしいですね。先にそちらを撃ちます。) シスター:(そうですね。そうしてください。) たまき:・・・ごめんね、ワンパ。追いつめられちゃった。 でも、もとはと言えばキミが、逃げ場のない、 こんな高いところに連れてきたのがいけないんだからね。 ・・・今、なにかが心にスミに引っかかった。 たまき:・・・あっ。 シスター:今です。お撃ちなさい。 ペケ :はい。(チャキッ) バイバイ、たまきちゃん。 たまき:ワンパ、・・・もしかして「音」が聞こえたの? だから、この、一番高いところに来たの? いつもるーくさんのヘリを屋根の上で待っていたときみたいに・・・。 ワンパ:ワフ♪ 低空を飛んできたのか、いきなり下から飛行機が飛び出してきて、 ガラスのドームの上から、私達を見下ろしました。 ペケ :・・・ん? なんだ、この、赤い光。・・・レーザーサイト? ワンパ:WROOOOOOOF!! シスター:なにごとですか? ペケ :シスター、上を見てください。 飛行機が・・・。 私達とシスターさん達のちょうど中間の地面に、いくつもの赤く丸い小さな光が、 まるで滝壷で見た金魚のように、チラチラと泳いでいました。 大学の講義でよく使われる、レーザーポインターのような光です。 そう言えば以前紅蘭から、この光は銃の照準にも使われると聞いたことがありました。 声 :こちらは警察だ。 全員、武器を崖の下に投げて、両手を頭の後ろで組み、腹這いになれ。 即座に従わない場合は、射殺する。 ペケ :くそっ、・・・わかった。 今、銃を捨てるから撃つなよ。 (ヒュッ・・・カラン・・・カラン・・・) シスター:ペケさん、そんな、すぐに諦めてはいけません。 ペケ :シスターも、早く指示に従って腹這いになってください。 残念ですが、こちらに勝ち目はありません。 シスター:ペケさん、そうなのですか? ・・・・・・わかりました。 たまき:私も一応、従っとこ・・・。(撃たれたら嫌だし) 声 :よし、こちらがいいと言うまで、そのまま動くな。 今から降りて行く。 天井から、強化ガラスの粒状の破片が落ちてきて、シスターさん達に降りかかります。 割れた穴から2人ほど降下してきました。 (プシュッ、プシューッ、ゴトン) 隊員A:降下終了。(ザッ) まず、その2人を拘束。両手、両足を手錠でつなぐんだ。 絶対に逃がすな。鍵を使用しろ。 隊員B:了解。(ガチャリ、ガチャリッ) シスター:い、痛た。 ペケ :・・・・・・・・・。 隊員B:そこのお嬢さん。 犯人グループのメンバーは、他にいますか? たまき:は?・・・いぇ、いません。この2人だけデス。 間違いありません。 隊員B:そうですか、わかりました。 ・・・よっしゃ、完全制圧や!うまくいったな。 隊員A:そうね。あードキドキした。 たまき:え?え?? 隊員B:ああっと、ちょっと待ちや。 今、このボイスチェンジャー付きのゴーグルを外すでな。 なごり惜しいな、大塚明夫チックな声♪(バコン) (紅蘭)ふぅ。・・・たまき、待たせたな。助けに来たで。 たまき:・・・紅蘭。ホントに? 紅蘭:なんや、ちょっと見んあいだに、うちのこと忘れてもうたんか〜? ちなみに、向こうの銀河万丈チックな声は、レナはんや。(笑) レナ:もう外したよ。 たまきちゃん、遅くなってごめんなさい。 でもホントに、間に合って良かった。 たまき:レナさんも・・・。 ・・・わたし、ホントに助かったんですね。 紅蘭:ワンパ、うっす。久しぶりやなぁ〜、元気やったか? ジュディはんも一緒に来てるんや。 もうすぐ会えるから、待っててな。 ワンパ:ワフゥルゥゥ。 レナ:おまえがワンパ・・・。 たまき:・・・こうら〜ん。(ギュ) 紅蘭:もう、すぐにそないベタベタして〜。 またレナはんに誤解されるやろ。(笑) たまき:・・・・・・・・・。 紅蘭:・・・ん?・・・たまき? たまき:もう、・・・会えないかと思ったよ。 紅蘭:ふ。・・・あ、あほ。 たまき:んん〜〜。 紅蘭:・・・どこか怪我してたり、具合悪かったりしてへんな。 たまき:うん。大丈夫。・・・ごめんね、紅蘭。 紅蘭:ん、なにが? たまき:・・・・・・心配かけて。 紅蘭:ええって。 レナ:怪盗Xさん、お久しぶり。 また、私に変装して悪い事をしたみたいね。 ペケ:・・・・・・・・・。 レナ:でも、あなたが物分かりがよくて助かっちゃった。 すぐに降伏してくれたもんね。 ペケ:・・・当然だろう?あれだけの数の銃で狙われれば。 な、・・・何をニヤニヤしている? レナ:私達、このおもちゃの銃持ってるだけで、実はぜんぜん武装していないの。 さっきはレーザーポインタを紅蘭と2個づつ持って、その辺を照らしてただけ〜。 ぺケ:なっ・・・!? レナ:だまされっぱなしじゃ悔しいから、最後にだましちゃいました〜。 文房具にびびってんの。やーい。(笑) ペケ:くっっっそぉ〜!(ガチャガチャ) ジュディ:皆さん、お疲れさまでした。 紅蘭さん、レナさん、本当にありがとう。 紅蘭 :なーに。どちらかというと、うちのほうが助けてもらったようなもんやって。 ジュディ:・・・そして、たまきさん。ワンパの事で、またご迷惑をおかけしました。 本当に、ごめんなさい。 たまき:ジュディさん・・・。 はやくワンパのところに行ってあげてください。 ジュディ:・・・そうね、ありがとう。 ワンパ、お待たせ。 ワンパ:・・・ワフルゥ。 ジュディ:心配したんだから。 たまき:あの、でも、なんで警察の人じゃなくて、紅蘭やレナさんが来たんですか? レナ:警察もちゃんと捜査をしているんだけど、 今回は私達の方が先にたまきちゃんを見つけることが出来たの。 ただ、その見つけ方がちょっと非合法と言うか、公表できないというか・・・。 警官隊の乗った巡視船は、あと30分もすれば着くと思うよ。 たまき:ひごうほう?悪い事したんですか? レナ:たいしたことじゃあないんだけどね。 ジュディさんに協力してもらって、この場所がわかったのよ。 ・・・TPCでテスト運用中の偵察衛星をこっそり使ってね。(ぉぃ) 紅蘭と一緒に延々とデータを検索して、たまきちゃんを見つけたのが2時間前。 ここは木の葉が茂っているから、人工衛星からはよく見えないんだけど、 たまきちゃん、さっき滝壷に落ちたときに空を見上げたでしょ。 その時ちょうど衛星がこの上を通りかかっていて、ビンゴしたわけ。 たまき:うそ、・・・あれ見たんですか? 紅蘭:途方に暮れた、なかなかいいツラしとったでなぁ。(笑) うちら大笑いや。 たまき:うえぇ〜、恥ずかしい・・・。 レナ:それでまあ、前からの取り決め通り警察に匿名の通報をしたあと、 すぐにジュディさんと連絡を取って、ここに飛んできたの。 本当は、そのまま警察が来るのを待つつもりだったんだけど、 来てみたらそれどころじゃなかったから、あわてて助けに入ったわけ。 ・・・ところで、 この施設で何が行われていたの? たまき:ええ・・・。 私は、この2人組の泥棒さんたちのやった事、やろうとしたことについて、 みんなにお話しました。 レナ :あなた達って、美術品だけじゃなくて、動物の密売もやってたんだ。 シスター:私達が今まで盗んだ動物達は皆、 密猟され、法の目をかいくぐって国内に持ち込まれて、 飼い主の虚栄心と自己満足のためだけに飼われていた動物達なのです。 その連中から動物を盗むのが、そんなにいけないことでしょうか。 それに、そこにいる与田ジュディだって、あの連中と同じなのですよ。 レナ :だからって、あなたたちがやったことは消えないよ。 とはいえ、・・・ジュディさん? ジュディ:法の目とか、密猟なんて、ワンパと私には関係ないわ。 シスター:何を言うのですか! CITES付属書1で絶滅が危惧される14種の霊長目が。 付属書2において、のこるすべての霊長目が指定されています。 ワンパは規制対象種ではないですか。 たまき:その、CITESとか、さっき聞いたトラフィックって何なんですか? ジュディ:いわゆるワシントン条約のことよ。ええと、「絶滅の危機に瀕している・・・」 ・・・なんだっけ? シスター:「絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」の略称です。 一般的には、そう。ワシントン条約のことで、規制を受ける動植物は、 規制が厳しい順に、付属書1から3に記載されています。 トラフィックはその条約を完全に施行させる目的で設けられた団体の略称です。 ジュディ:そうそう。さすがに詳しいわね。 でも、うちのワンパはそれに含まれないのよ。 あれはもともと日本にいた種類で、保護もされてない・・・、 シスター:そんな馬鹿な! ジュディ:・・・本当よ、失礼ね。 ワンパは昔、ヒヒって呼ばれていた動物で・・・、 シスター:日本には、今も昔もヒヒは生息していません。 それに、ヒヒの属するオナガザル科のサルは全てCITES付属書1で 「絶滅の恐れが高いもの」として、ちゃんと指定されているではないですか! ジュディ:・・・説明するから、最後まで人の話を聞いてよ。 私、話の途中で邪魔をされるのが一番嫌なの。 一気に全部しゃべるのが好きなのよ。 紅蘭 :そういえば、最初に会ったときからそんな風なしゃべり方やったなぁ。(笑) ジュディ:そうでしょう♪ さて話を戻すわね。 あまり知られていないけれど、いまいうヒヒっていうのは獅子や麒麟と同様に、 伝説上の獣の名前を、実在の動物の和名に当てたものなの。 もともと中国で狒狒(ヒヒ)っていえば、山に棲む怪物のことよね、紅蘭。 紅蘭 :せやな。・・・イメージ的には人の形をした毛むくじゃらの黒い大きな怪物や。 またの名をキョウヨウという、人を襲う妖怪やな。 ジュディ:うん。ところがこれが伝説や幻でなく、実際にもいたわけ。 日本でも、九州や中部地方の山岳地帯にいたと、ものの本にあるわ。 岩見重太郎の信州松本の国常明神社の怪物退治の話は、有名よね。 ・・・知らない? のちに秀吉の家臣になったこの剣豪がまだ若い頃、 怪物に人身御供として差し出される娘のかわりに箱に潜み待ちかまえて、 やってきた怪物を見事討ち果たすっていうヤツよ。 このときの怪物が、六尺ある真っ白い大狒狒なの。 もしかしたらワンパと同じアルビノ(白化)の個体だったのかも。 シスター:・・・あんな動物が、昔からこの国にいたなんて。 そうすると確かにワンパに国際条約は関係ないですが・・・、 未発見の動物なら、国内取り引き規制法も保護法も関係ないし・・・、 ジュディ:・・・そして、ワンパと初めて出会ったのも、 私が子供の頃避暑に行っていた、長野の山の中だったのよ。 私が山で道に迷っていると、まだ小さかったワンパがやってきて、 泣いている私と一緒に居てくれたの。私の両親は捜しに来てくれたけど、 ワンパの親はいつまでたっても姿を見せなかったわ。 ワンパも、山に帰ろうとはしなかった。 何があったのかは知らないけれど、もうワンパに親はいないんだって、 子供心に直感した。 それ以来、私達はずっと一緒だったの。 ワンパのことをペットだなんて思ったことはなかったわ。 シスター:なら、なぜ警察にワンパが連れ去られたことを通報しなかったのですか。 ジュディ:今度に限ったことじゃないけど、 警察に知らせなかったのは後ろめたいからじゃなくて、 学者やら研究者やらに、ワンパのことを教えたくなかっただけ。 ワンパを研究材料にされたくなかったの。 でも今回のことでは、ワンパの存在を公表せざるをえないわ。 あと1頭しかいないとわかれば、最悪、私の手から離れてしまうかもしれない。 どんな手を使ってでも阻止しようと思うけど、難しいわね。 シスター:私に、良い考えがあります。 ・・・ワンパという動物は、ここに連れて来たあと次第に衰弱していき、 寺月さんを誘拐してきて看病させたが、その甲斐なく1週間前に死んだ。 死体はもう海に捨てた。・・・それならよいでしょう? そうしましょう、ペケさん。 寺月さん、あなたも口裏を合せるのです。 たまき:え?・・・でも。 ジュディ:・・・・・・・・・どういう、事? シスター:わたくしも、最初は本気で金持ち達の手から希少動物を救い出し、 ちゃんと自然に帰すつもりだったのです。 あの子達がもう一度、生まれたところに帰り、野生動物として幸せに暮らす、 そうなるのを願っていました。 こんなドームを作ったのもその為なのです。 ・・・でも、実際に始めて見るとそんなに簡単なものではありませんでした。 私のせいで何匹かの動物を死なせてしまったこともあります。 動物達の帰化訓練に疲れ、諦め、結局、動物達を美術品と同じように オークションにかけて海外の金持ちに転売するようになってしまいました。 国内の飼い主よりは、ましな環境で飼ってくれると自分に言い訳しながら。 利益の一部を寄付して、これは動物達の為になっているんだと思いながら。 それをいままで繰り返してきたのです。まったく愚かなことですね。 ジュディ:・・・なるほどね。ただの中継基地にしては立派すぎると思った。 シスター:・・・本当ならワンパのことを世界に公表して研究機関に協力するのが 正しいのでしょうけど、それではワンパ自身は幸せではないでしょう。 また、もしも私にワンパを野性に戻すことができて、実際に戻せたとしても、 この寂しがり屋の動物は、あなたのことを想い続けるのでしょうね・・・。 ワンパの幸せを大切するなら、あなたと一緒にいた方が良いと思います。 騒ぎを起こした私がいうのも変だけど、・・・お願い、そうして下さい。 たまき:・・・シスターさん。 紅蘭 :うちも、それがええと思うな。 レナ :私は立場上、何とも言えない。 TPCでワンパのことを調べたいのは山々だけど・・・。 たまき:ジュディさん、決めてください。 ジュディ:・・・シスターキルシュ。 シスター:はい・・・。 ジュディ:罪を償ったら、また、お話しましょうね。 お待ちしていますわ。 ・・・行こう、ワンパ。 ワンパ:ワフルゥ。 シスター:ジュディ・・・。 紅蘭 :・・・これで、ここにいる全員が悪党になったわけやな。(笑) しばらくすると警察の人達も到着し、シスターさんとペケさんを連れて行きました。 わたし達も事情聴取を受けないといけなかったんですが、 警官隊の中に森田捜査官がいて、後日きっちり聴取を受けるということで、 今日のところは帰してもらえました。 ・・・なんだか、思わぬ人脈が出来つつあります。(笑) なんて、警察はこれから増援を募って、この施設を徹底的に捜索するようですから、 ていよく後回しにされたのかもしれませんけどね。 ワンパはこっそり飛行機に乗って、ジュディさんと一緒に帰りました。 とりあえず、これにて一件落着です。 結局、ワンパのことは秘密にすることになりました。 本当は間違っているのかもしれませんが、私達には正しいと思えたのです。 ワンパを「希少な動物」と考えるか、「大切な友達」と考えるかによって、 どうするのが正しいのかが変ってしまうのかもしれません。 ・・・でもこれってただのワガママ? それとも、このレベルが私達の限界なのでしょうか。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 懐かしの我が家。 今日は自分のベッドでぐっすり寝ようかな。 それとも、紅蘭と一晩中お話しようかな。 ・・・そんな幸せな気持ちも、部屋の散らかりようを見たときに、全て吹き飛びました。 雑誌も食器も出しっぱなし、ごみはそこら中に散乱して、目も当てられません。 キッチンにあったタマネギやジャガイモは、スクスク元気に育っています。(笑) ちょっと紅蘭を一人にしておくと、すぐにこれだ〜。 紅蘭:いやぁ、やっぱりたまきが居らんと、うちってアカンねんな〜。あはは。(笑) 「あはは」じゃないよ。もう〜。 ・・・・・・けど、まあ、・・・いいか。(トホホ) それじゃあ、おやすみなさい。 |