2月7日(水)
ヒナ:あ、モト君からメールが来てる。 ・・・初めてじゃないかな。 いつも電話だもんね。 開いてみよ。
「こんばんは、ヒナ。 高嶋前園長のことで大事な用事がある。 今晩8時くらいに、そこの近くにあるファミレス、 ジョセフで会いたい。 突然で悪いけど、頼む。 例のダイブコンピュータを必ず持ってきてくれ。」
ファミレスぅ? 用があるなら直接家にくればいいのに・・・・・・ って、そういうわけにいかないのか。 男の人が女ひとりの家に来るなんて、ちょっとまずいかな。 あたしは別にいいんだけど、モト君はその辺に線を引いておきたいよね。
大事な用ってなんだろう。 ダイブコンピューター関係なら、パパのことかな。 何かわかったのかもね。 ・・・・・・っていうか、今晩8時に? それならもう家を出なきゃじゃん! どうしよう・・・
いいか、ちょっとくらい遅れても。 突然呼び出ししてるのはモト君のほうだもんね。 それにこんなラフな格好で行くのもなんだし。 ん〜〜、着替えてお化粧して・・・ よし、20分遅刻しよ。
ヒナ:なんだかんだいって40分以上遅刻だな〜。 服選ぶのに時間かけすぎちゃったぁ〜〜。 ジョセフって言うと、公園の向こう側だよね。 あの公園、暗くていやなんだよなぁ。 まあいいや、時間ないし、つっきっていこう。 あんまり待たせるとモト君、帰っちゃうかもしれないし・・・
近所にある公園。 ここを通り抜けると、モト君がそこで待っているファミリーレストランがある。 遊具は少なめで、そのぶんボール遊びができるような広場がある。 子供のころから遊んでいた公園なので、 この広場にも、ブランコにもジャングルジムにも、 なにかしらの思い出がある。 だから多少暗くても、危険が待っているなんて思いもしなかった。
(はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・) いててて、 スニーカーか何かにすればよかったぁ。 つまさき痛い〜。 こんな思いして走ってるんだから、ちゃんと待っててよね・・・・・・
(ガサッ、ガササッ)
ヒナ:・・・ん? のら猫ちゃんかな? (ガサッ!) きゃ・・・んぐっ・・・・
男:静かにしろ。 声立てるんじゃねぇぞ。 ヒナ:なに、あんた・・・んぐ・・・・ん〜〜〜! 男:黙ってろっつってんだよ。 ヒナ:手を放してよ! いったいなんだって・・・・・・
男:(パチッ) おら、これ見えるだろ。 どこ切られたいんだ? 鼻か?耳か? ヒナ:んっ・・・・・・(フルフル) 男:顔にキズ作りたくなかったらおとなしくしてろよ。 わかったか? ヒナ:(コクコク) 男:そうそう、そうやっておとなしくしてればいいんだよ。 お互い楽しもうぜ。 ヒナ:(なになに? なんだっていうの? ・・・この男、あたしになにする気なの?) 男:そこに横になれよ、なあ。 ヒナ:(なに・・・・・・まさか・・・・・・・)
男:なんだお前、いい服着ちゃって。 デートの帰りかよ? へへへ、楽しい思い出がダイナシだよなぁ。 ヒナ:(こんなのイヤだよ・・・・・・ 誰か・・・・・・助けて・・・・・・) 男:おとなしくしてろよ。 言う事きかねぇと怪我するぜ。 ヒナ:(こんなことなら公園なんか通らなきゃよかった・・・・ でかけないで家にいればよかった・・・・・・ なんであたしだけがこんな目に会うんだろう。 こんなのイヤだよ・・・・・・・・・誰か助けて・・・・・・・ でないとあたし、こんな男に冷たい土の上で・・・・・・ 暗い公園で・・・・・・・ パパ・・・・・・・ パパは天国であたしを見守ってくれてないんだね)
ヒナ:(そう、誰も助けになんか来ない・・・・・・・・・・・) 男:そうそう、そうやっておとなしくしてれば 痛い思いしなくてすむんだぜ。 ヒナ:(・・・・・・・ああ、 きれいなお月さまだなぁ・・・・・・。 いつもと変わらない、きれいなお月さま。) 男:もうちょっとケツ浮かせろよ。 脱がせにくいっつーんだよ。 ヒナ:(・・・・・・でもあたしは、 こんなところでこんな奴にやられちゃうんだ・・・・・)
男:オイ、聞こえねえのかよ。 ヒナ:(すぐそこで、モト君があたしを待っているっていうのに) 男:オイ。 ヒナ:モト君・・・・・・ 男:・・・声出すなってつってんだろうが、この野郎。
ヒナ:やっぱりあんたなんかヤダ!! そこどきなさいよバカ! 男:チッ。 痛ぇ目にあわねぇとわかんねえみたいだな。 ヒナ:ヤダヤダヤダヤダ! あんたなんかにやらせるもんですか! あたしには好きな人がいるんだからね!! 男:っざけやがって。 てめぇなんざ、このナイフで・・・・・・
(ガサガサ・・・パキ)
女性:そこに、誰かいるの? ・・・・・・・・・・きゃっ!? 男:(ビクッ) あ・・・あんだよ。 女性:ちょっとあなた。 なにしてるのっ!? ヒナ:(女のひと?) 男:邪魔すんじゃねえよ。 ・・・勘違いすんじゃねえっつってんだよ。 俺たち恋人同士なんだよ。 あっちいけよ。 ヒナ:んっ、んっ! (助けて、助けて!) 女性:・・・・・・・え、でも、 とても恋人同士には見えないけど。 暗くてよくわからないけど、あなた覆面してるじゃないの。 男:てめえには関係ねぇだろ。 ごちゃごちゃうるせぇよ、 怪我したくなかったら行けよ! 女性:そう言われてもねぇ。 (ガサガサ)
女性:私には、その子の目は助けを求めているように見えるわ。 やっぱりあなたの言うことは信じられないわね。 その子から離れなさい。 さっさとどこかに行くのはあなたのほうよ。 男:あ? ・・・あんだとぉ? ふざけんじゃねえよ! 女性:そうそう。こっちにいらっしゃい。
ヒナ:そっ、そいつ、大きなナイフ持ってます! 気をつけて! 女性:お嬢さん、 あなたイイコだけどバカね。 こういうときは人なんかほおっておいてさっさと逃げるものよ。 そんな目にあってるのに、他人のわたしの心配してる場合じゃないでしょ。 いいから早くお逃げなさい。 男: (ビュッ!) へへへ。おら、このナイフが見えるだろ? いまさら後悔してもおせぇぜ。
女性:ハイハイ。見えるわよ。 そういうもの持ってると、 自分が強くなった気がするんでしょう? 男:でけえ口たたいてんじゃねぇよ!(ビュッ!) ・・・お?(ビュッ!) 女性:みんなが言うこと聞くと思ってるんでしょう? 何でも思い通りになるって思ってた? 男:うるせぇ! (ビュッ!) (ビュッ!) 女性:そんなのって情けなくない? 男:(ビュッ!) っくしょう! ちょろちょろ逃げてんじゃねえよ。 女性:あら、それは失礼。 (ヒュン、ドスッ!) 気がつかなくて。 (ドコッ!) (ビュン、ドスッ!) こうしてほしかったのね。 (ビュン・・・)
(ゴッ) 男:ぐウッ・・・・・・ (ドサッ)
女性:これでお気に召したかしら。 あなたみたいなのは、そうやって地べたに這いつくばってるのがお似合いなのよ。 男:う・・・・・・・うぅ・・・・・
女性:お嬢さん、大丈夫だったの? ヒナ:いててて・・・ 地面に倒されたときに、背中に石があたって 痛かったです・・・・・・ 女性:それはお気の毒だけど、 ・・・そういうことを聞いてるんじゃなくってね。 ヒナ:えっ?・・・あっ!! 大丈夫です。でした。 女性:そう、よかったわ。 ヒナ:ごめんなさい、まずお礼言わなくちゃいけないのに・・・・ ありがとうございました。 お姉さんが通りかかってくれなかったら、 あたし今頃どうなっていたか・・・・・・ お姉さん、強いんですね。 女性:ありがと。 人を傷つけるための技術だけど、 でも人の役に立てられたのなら習った甲斐があったわ。 ヒナ:・・・・・・・・助かったんだ、あたし。 もうダメかと思った・・・・・・ 女性:そうね、 でももう大丈夫よ。 (なでなで) ヒナ:怖かったです。 ありがとうございました。 本当に・・・・・・
男:チッ! (ガバッ! タッタッタッタッタッタッタッタッ・・・・・) 女性:あっ、待ちなさい! (タッタッタッ・・・・タ) ・・・・・・うあ〜〜、しまったぁ、 完全に伸びてると思ったんだけどなぁ。 まだまだ鍛錬が足りないってことかしら。 あの男逃げちゃったけど、 おまわりさん、呼ぶ? ヒナ:・・・・・・いえ、 いいです。幸い何ともなかったし。 いま、あんまり厄介ごと抱え込みたくなくて。
女性:そう? ま、実はわたしもワケありだから、 もし気が変わって警察に通報するときには、 わたしのことは黙っててね。 いい? ヒナ:?? ・・・・・・はい。
女性:立てるかな。 ヒナ:多分・・・・・・あいたたた。 もう、さいてー・・・。
女性:ジャケットや髪に枯葉がたくさんついてるわよ。 払ってあげるからちょっと向こうをむいて。 (ぱさっ、ぱさっ、) う〜〜ん、これは厄介ねぇ。 ところで、わたしの名前は漆木マヤっていうの。 (ぱさっ、ぱさっ、) ヒナ:ウルシギさん? あたしは高嶋女雛っていいます。 ・・・ヒナでいいです。 漆木:じゃあヒナ、 わたしも漆木さんじゃなくて、 ”うるるん”でいいわ。 ヒナ:う、・・・うるるん、 ですか??ほんとに? 漆木:家は近いの? ヒナ:・・・ええ、ちょっと行った先です。 すぐです。 漆木:よかったら、わたしが家まで送っていくわよ。 夜道を一人で歩くの嫌でしょう。 ヒナ:あ、 でもそこのファミレスに人を待たせてて・・・・・・ 漆木:まあ、男の人? ヒナ:はい。 でも、どうしよう。 なんか、今の気持ちで会いたくないな・・・。 それに服も泥だらけだし、 ・・・・・・すぐにでもシャワー浴びたいし。 漆木:その人、携帯電話はもっていないの? ヒナ:・・・もってますけど、あたしはその番号知らなくて。 漆木:じゃあ、あの店に電話をかけて呼び出してもらえば? それで、今日は都合が悪くて会えないっていえばいいと思うけど。 ヒナ:・・・そうですね。 家に行けばあそこの電話番号くらいわかると思います。 漆木:うん。 ヒナ:・・・あれ? あれっ?あれっ? 漆木:・・・・・・どうしたの。 ヒナ:バッグがないんです。 来るとき持って出たのに。 ・・・襲われたときに落としちゃったのかな。 漆木:さっきのバカ男はなにも持っていかなかったわよ。 そのあたりに落ちてるんじゃないかしら。 ・・・う〜〜ん、真っ暗でわからないわねえ。 明日の朝はやくに探しに来たら? ヒナ:大事なものがたくさんはいってるんです。 お財布も、携帯も、手帳も・・・・・・証拠のダイコンも。 漆木:祥子の大根? ヒナ:ダイブコンピュータっていう、腕時計みたいなのです。 ああ、どうしよう。 あれがなくなったら・・・・・・ (ガサガサ・・・ガサガサ・・・) どこに行っちゃったのかなぁ。 どうしよお〜〜 (ガサガサ・・・ガサガサ・・・) 漆木:あたりが暗すぎるわよ。 月は雲に隠れちゃったし、そうでなくても茂みが多いし。 ・・・そうだ、家に懐中電灯かなんかあるでしょ? そういうの持ってきたほうが早いわよ、きっと。 ヒナ:そうですね。 じゃあいったん家に戻りま・・・・・・・・・・・ あ、ダメです。 家の鍵もバッグの中でした。 漆木:そうなの・・・・・。 ん〜、じゃあしょうがないわね。 暗いけど手分けして探しましょう。 ヒナ:・・・一緒に探してくれるんですか? 漆木:乗りかけた船だわ。 それにこのままお別れしたら、ああ、あの子はあの後どうしたかしらって、 ずっと気にかかるじゃない。そんなの嫌だわ。 迷惑でもつきあわせてもらうわよ。 ヒナ:迷惑だなんて、そんな・・・・・・ たすかります。それに一人で探すの怖いし・・・。 ありがとうございます、漆木さん。 漆木:”うるるん”て呼んでちょうだいって言ったじゃない。 ヒナ:あ、すみません。 じゃあ、うるるん、 お願いします。 漆木:任せてよ。 ヒナ:(・・・やっぱりパパは見守ってくれてるよね。 だって、うるるんみたいないい人と めぐり合わせてくれたもんね) 漆木:ねえ、そういえば携帯電話もそのバッグに入っているのよね。 ヒナ:そうです。 漆木:じゃあ、電話かければ着信音がなるんじゃないかしら。 バッグに入れてるんなら、音が鳴るように設定されているでしょう。 それを探せばいいと思うけど。 ヒナ:あっ、そうか。 漆木:じゃあそこの公衆電話からヒナの携帯に電話してみましょう。 っていっても、ヒナはお財布ないのよね。 いま小銭をあげるわ。 はい。(チャリン、チャリン) ヒナ:すみません、いろいろと。
ええと・・・(ピ・ポ・ポ・ピ・ポ、ピ・・・)
(ピルルルルル・・・ピルルルルルル・・・・・)
漆木:あっちだわ。
(ピルルルルル・・・ピルルルルルル・・・・・)
ヒナ:なんであんなところで音がするんだろう。 あたし、あんな遠くまで投げちゃったのかな。 漆木:そのまま鳴らしておいてね。 いま行ってとってくるから。 ・ ・ (ピルルルルル・・・ピルルルルルル・・・・・)
漆木:電話、もう切ってもいいわよ。 はい、ヒナのバッグってコレでしょ? ヒナ:そうです! うわぁ〜、よかったぁ。 これで家に帰れますよ。 漆木:よかったわね。 じゃあ、お礼に1割ちょうだい。 ヒナ:いいですよ!2割でも3割でも。 うるるんにはもう、どうやってお礼したらいいかわかんない・・・ 漆木:ちょっと、冗談よ。 はい、どうぞ。 ヒナ:ありがとう。 ・・・ほんとに。 漆木:どういたしまして。
ヒナ:助かりました。 携帯はもちろん、お財布も、手帳も・・・家の鍵も・・・ 化粧品ポーチも・・・・・・・・・ あれ? 漆木:どうしたの? さっき言ってた、ダイブコンピュータとかいうのは? ヒナ:そんな・・・・・ (バラバラバラ) ない、ないです。 ダイブコンピュータだけ、ない! モト君が必ず持ってこいっていうから、 間違いなく入れておいたのに・・・。 落ちてなかったですか? バッグがあった辺りに。 漆木:暗がりだからわからなかったけど。 じゃあ今度こそ懐中電灯を持ってきて探しましょう。 ヒナ:はい。 あたし、すぐに取ってきます。 漆木:私の分もあったらお願い。 ・ ・ ・ 漆木:バッグはこの辺りに落ちていたのよ。 ヒナ:なんでこんなところに・・・・・ 襲われたところからずいぶん離れてますよ。 20mくらいかな。 漆木:不自然よね〜。 ・・・あっ、これかしら。 大きめの腕時計みたいな奴? ヒナ:そうです。 あったんですか? 漆木:うん・・・・。あるにはあったんだけど。 壊れてる。 ヒナ:うわあ・・・ひどい。
漆木:壊されてるっていうほうがいいみたいね。 多分ハンマーか何かで。 ヒナ:・・・せっかくの証拠のダイコンだったのに・・・これじゃあもう・・・・ それに、パパの形見なのに・・・・・・ひどいよぅ・・・・・ (くすん・・・くすん・・・) 漆木:さっきヒナを襲った男は一目散に逃げたわ。 こんなことをしている余裕なんてなかったはず。 ということは、・・・どういうこと? まさか、落ちてるバッグを拾って、中からダイブコンピュータを抜き取って、 壊して、 それから逃げた奴が、・・・別にいたってこと? あのバカ、ただの強姦魔じゃなかったのかしら・・・・・・・ このダイブコンピューターが、目的だった? ヒナ:(くすん・・・くすん・・・) 漆木:ねえ、ヒナ。 さっきこれのことを「証拠のダイコン」って言ってたわよね。 それって、ようするに犯罪か何かの証拠ってことなの? ヒナ:ええ。そうなんです。 だから、あれがないと・・・・・・ 漆木:よかったら、最初から私に話してくれないかしら。 ヒナ:・・・・・・わかりました。 実は・・・・・・ ・ ・ 漆木:ヒナがあの高嶋園長の娘だったとはね〜。 で、聞いた話をまとめると、 つまり、そのダイビング用のコンピュータが お父さんが殺されたかもしれないことの、証拠品だったのね。 ヒナ:そうなんです。 漆木:でも、その警察の言うこともわかるのよね。 そういうデータなんか、後からどうにでも変えられるじゃない。 例えばコンピュータの日付を1年前に戻して、ヒモでもつけて海に沈めれば、 1年前に潜ったっていうデータを、今日作れるわよね。 ヒナ:そんなことしてません。 絶対にしてませんよ。 漆木:そりゃあ、ヒナはそういうかもしれないけど、 誰もがそれを信じてくれるわけじゃないでしょう。 信じるとか、信じないとかじゃなくて、 誰もが間違いないと判断できるデータ、品物、 それが法的に有効な証拠品よ。 ヒナ:・・・・・・じゃあ、ダイコンが壊れてなくても 証拠にはならないってことですか? 漆木:何かのきっかけにはなるかもしれないけど、 それだけで何かを立証するのは無理ね。 それに、例えコンピュータのデータが真実だったと仮定しても、 お父さんが殺されたとは限らないわ。 そうね、例えば・・・ お父さんは水中銃を片手に海に入った瞬間、心臓麻痺か何かで動けなくなって、 それでそのまま海に沈んでしまった。 一緒にいた人は、密漁がばれるとまずいので助けを呼ばずに逃げた。 ・・・可能性としてはありうるわよね。 ヒナ:ああ・・・う〜〜ん。 そうかぁ。
漆木:でも、何か引っかかるわね。 そうなると車が変なところに置きっぱなしだったこととか、不自然だし・・・・・・。 ねえ、今日は誰かにそのダイブコンピュータを持ってこいって言われて、 ここを通りぬけてそこにあるファミリーレストランに行くところだったのよね。 ヒナ:そうですけど・・・ ああそうだ、ファミレスにも電話しないと〜。 モト君待ちぼうけだよう。 漆木:ヒナを呼び出した人は、モト君ていうのね。 その人とはどういう関係? 知り合ったばかり?親しい人?それとも恋人? ヒナ:いや、そんな、コイビトなんかじゃあ・・・・ないんですよ。 お父さんの部下だった人で、数年前からのオトモダチです。 水族園に勤めてるんですよ。 ダイコンのデータが証拠になるかも知れないってことを教えてくれたのは、 この人なんです。 今日は珍しくメールで用件を送ってきて・・・・・・ ダイブコンピューターを持ってそこのファミレスに来てくれって。
漆木:そうか・・・、なるほどね。 その人の携帯電話の番号は知らないっていってたわね。 ほかに連絡先は知ってる? ヒナ:ええ。自宅と職場ならわかりますけど。 漆木:じゃあ、もうこんな時間だし、自宅に電話してみてごらんなさい。 ヒナ:自宅、ですか? ファミレスじゃなくて。 漆木:いいから。 ヒナ:ん〜、もう帰っちゃったかもってことですね? (ピ、ピ、ピ、ピ、ピッ) (テュルルルル、テュルルルル・・・・・・カチャ)
宮古:はい、もしもし。 宮古です。 ヒナ:モト君? ヒナだよ。やっぱり、もう帰ってきてたんだ。 宮古:おお!? お前からかけてくるなんて珍しいな。 どうした? ヒナ:・・・今日はごめんね、 ファミレスで待たせちゃったね。 その、・・・・・・いろいろあって・・・行けなかったの。 (やっぱ、話せないよね・・・) 宮古:今日って? ファミレス? ・・・なんか、約束してたっけ。 ヒナ:はぁ? なにいってんの。 メールくれたでしょう? 宮古:メール? いや、俺は送ってないぞ。 なにか用があったら手っ取り早く電話するよ。 ヒナ:え?? だって・・・・・・
漆木:モト君て人はメールも送ってないし、ファミレスに来てもいない。 そうでしょ。 ヒナ:ええ。その通りです。 宮古:あん? そこに誰かいるのか? 漆木:ヒナ、もういいわよ。 電話、切っちゃって。 ヒナ:・・・はい。 モト君、あの、あたしの勘違いみたい。 わるかったね。 じゃ、バイ。 宮古:・・・おう。 じゃあな。 (プツ、プーーーッ、プーーーッ)
ヒナ:うるるん、 ・・・これってどういうこと? 漆木:ヒナは偽のメールで騙されたのよ。 メールを送った奴は最初からダイブコンピューターを壊すのが狙いだったようね。 ヒナがダイブコンピューターを持って家をでるように仕向けて、 そしてここで待ち伏せして・・・いえ、家からあとをつけてきて、 公園の暗がりに入ったところで襲いかかったのかしら。 とにかく、そうやって一人はヒナを襲った。 他にもう一人いて、そいつはバッグを持ち去り 中のダイブコンピューターを壊す。 そういう計画だったんじゃないかしら。 ヒナ:どうしてあたしを・・・その、襲ったり・・・? 漆木:ヒナを襲ったのは、バッグを奪いダイブコンピューターを壊すついでか、 それとも、時間稼ぎのような狙いがあったんじゃないかしら。 実際に強姦されてたら、しばらくはバッグどころじゃないでしょう? ヒナ:そんな怖いこと、サラっと言わないでくださいよ・・・ 漆木:あ、ごめんなさいね。 ところが私が偶然通りかかって、ヒナを襲っていたほうは逃げ出した。 でももう一人は、予定通りバッグを奪い、ダイブコンピューターを壊して逃げた。 ・・・っていうところかしら。 偽メールと、襲いかかった男と、 持ち去られて壊された、犯罪の証拠かもしれなかったダイブコンピューター。 それらを考え合わせると、そういう図式が成り立たない?
ヒナ:・・・でも、なんでダイブコンピューター壊したのかな。 一体誰が? 漆木:なにいってるのよ。 ダイブコンピューターはヒナのお父さんの死に疑問を投げかけるものだったのよ。 それが邪魔だと思うのは誰だと思う? それはお父さんの死にかかわった人物しかいないわ。 お父さんの死は事故だった可能性も捨てきれないけど、 でもここまでやるとなると、やはり事故ではなく、 ・・・・ヒナのお父さんはそいつらに殺された、 と思っていいようね。 ヒナ:じゃ、あたしを襲おうとしていたのは、 パパを殺した犯人だったってことですか? 漆木:それはわからないわ。 もしかしたら、お金をもらってヒナを襲うように言われた その辺りのチンピラかもしれないし。
ヒナ:うるるんて、 「かもしれない」「可能性がある」「おそらく」 ばっかリですね。 漆木:ああ、ごめんなさいね。コレ、性分なのよ。 でもね、「世の中には絶対に間違いない」なんてものはやっぱりないのよ。 本当のことが知りたければ、 いろんな角度からみて、データを集めて、徐々に徐々に、 「絶対とはいい切れないけどまず間違いない」ってラインに近づいていくの。 人間の限界はそのあたりかしら。 ともかく、このことに関してもまだまだデータ不足なのよ。 ひな:そりゃそうですけど・・・ 漆木:さっきのバカ男、逃がすんじゃあなかったなぁ。 例え雇われたチンピラでも、何かしら知っていたかもしれないのに。 ヒナ:もう手がかり、なくなっちゃいましたね。 警察にいっても、公園でダイブコンピューターを壊されましたじゃあ 満足に調べてもらえないだろうし・・・・・・ 漆木:それを狙って、ダイブコンピューターを奪っていかずに、ここで壊したのかもね。 もしも強盗ってことなら警察の対応も違うでしょうから。 ヒナ:はあぁ〜〜。 どうしよう。 漆木:・・・でも、手がかりはあるわよ。 お父さんの勤めていた水族園。 そこを調べてみたら何か出てくるかも。 ヒナ:え? なんでですか? 漆木:呼び出したメールには、ヒナと親しい水族園の職員の名前が使われていたわよね。 そういうことは誰もが思いつくことじゃないでしょう。 それに今日、ヒナが襲われてダイブコンピューターが壊されたのは それに証拠になるかもしれないデータが残っていたからでしょう。 でも、そんなことを知っているのも限られた人だけなんじゃないの? どうかしら、 両方の条件を満たす人物って、水族園の人たちのほかにいるかしら。 ヒナ:モト君があたしと親しいことは、 前から水族園にいる人ならたいてい知っていると思いますし、 ダイブコンピューターのことも、モト君が水族園で聞いてくれているはずです。 漆木:水族園の人からその話しを聞いた人がさらにいる可能性もあるけど、 とりあえずは水族園内部に的を絞ったほうがいいかもしれないわね。 う〜ん、そうなると・・・・・・ もしそうだとしたら、これは単純な殺人じゃないかもしれないわね。 ヒナ:単純な殺人じゃないって? 漆木:だって、お父さんは・・・・・・、 ちょっと待って。 ヒナは、何の理由でお父さんが殺されたと思っているの? お父さんはなんで殺されたの? ヒナ:それは・・・・・・ わからないんです。 パパは人に恨まれるような人じゃなかったし。 タダ同然の山を騙されて買っちゃったり、 その返済の為に横領なんてやっちゃったり。 恨む人がいるとしたら、借金を残されたあたしくらい・・・だったりして。 漆木:それは違うわヒナ。 ヒナ:・・・え?
漆木:あの件については前からテレビなんかでニュースを聞いて、思っていたのよ。 借金の取り立てがあったわけでもないのに、安易に公金に手をつけるのは不自然だわ。 銀行なりサラ金なり、いくらでも合法的な手段はあったはずよ。 でもお父さんがそういう手段をとろうとした形跡はないわ。 先に公金横領の疑いがかかって、そのあとでお金の使い道探しに躍起になっていたから、 その不自然さが目立たなかったのね。
・・・・・・あなたのお父さんは水族園のお金を横領していないかもしれない。 お父さんがやったのでなければ、他の誰かが横領をしたのよ。 やったのはもちろん、水族園の職員のうちの誰かだわ。 だとするもう一つ、お父さんが殺された理由が考えられるわよね。 ヒナ:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
漆木:お父さんは、 横領の濡れ衣をかけられて殺されたのよ。 ヒナ:そんな・・・・・・じゃあパパは・・・・・・・・・・ 漆木:まだ可能性の問題よ。 状況証拠ばかりだから、これじゃあ誰も納得させられないと思う。 でも、もしそうなら見過ごしにはできないわ。 そうでしょう、ヒナ。 ヒナ:はい。 だって、そうだったらパパは無実じゃないですか。 何にも悪いことしていないのに、みんなに犯罪者扱いされて・・・かわいそう。 ・・・・・・でも、あたしだってそうですね。 悔しいな・・・。 あたしも、パパは悪い事をしたんだと思ってたんです。 たった一人の娘のあたしが、信じることができなかった・・・。 漆木:まだ可能性の段階よ。 決めつけるには早いわ。 ヒナ:わかってます。 ・・・・・・でもまず、あたしがパパを信じてあげたいんです。 まだその可能性があるうちは、・・・今度こそ、あたしだけは。 そうでしょう、うるるん。 漆木:・・・そうね。 ヒナ:うるるん、その、 ありがとう。 うるるんが教えてくれなかったら、あたしはずっとこれから先 パパを嫌いなまま生きていくところだったかも。 あたし頑張ります。 パパの無実が晴らせるならなんでもやっちゃう。 漆木:そんなこといって、大丈夫? さっきのナイフを持った男なんかを相手にしなきゃいけないのよ。 ヒナ:・・・・・うん。 怖いけどそれでも・・・・・・・あたし・・・・・ 漆木:それでもやる気があるていうのなら、 まあ、しょうがないわね。 ほおっておけないから私もつきあうわ。 ヒナ:うるるん・・・・・・ だってこれはうるるんには関係ないことでしょ? 漆木:さっきも言ったけど、 このままさよならしちゃったら、ヒナはあの後どうしたかしらって、 なおさらずっと気になっちゃうじゃない。 だから、ね。 私でよければ力になるわ。 ヒナ:・・・いいの? 嬉しいよ。 うるるんがいてくれたら心強いよ。 漆木:ただ、私はちょっと警察とかかわりあいたくないから、 そのへんはよろしくね。 その理由も聞かないで。 それでいいなら、一緒に頑張りましょう。 ヒナ:うん! そうだ、今度モト君も紹介しますね。 漆木:でも、その人も水族園の職員でしょう。 信用できる人なの? ヒナ:モト君は大丈夫。 絶対に信用できますよう。 漆木:・・・あんまり人を信用しすぎるのもどうかと思うけど? ヒナ:そんなことわかってますよ〜。 でもモト君とうるるんは特別ですから。 漆木:・・・・・・そう? じゃあわたし、今日はこれで失礼するわ。 また今度連絡するから。 ヒナも早く家にお帰りなさい。 さようなら。 ヒナ:さよなら、うるるん。 今日は本当にありがとう。 バイバイ!
ヒナ:うるるん、かっこいいし強いし、あこがれちゃうなぁ。 それにとってもいい人だし。 ・・・世の中にはあんな人がいるんだね。 なんだか胸が熱くなる感じ・・・・・・。 うるるんが味方でいてくれるなら、何とかなるかもしれない。
あ、連絡先を聞くの忘れちゃった。 まあいいか。うるるんから連絡してくれるって言ってたし。 早く帰ろう。 そして明日はこう返事しよう。
・・・・・・お金を返す気なんか無いって。 |