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4月4日(水)
漆木:今日は雨、大丈夫なのかしら。
降ってこないといいけど。
ヒナ:あたし、折りたたみの傘持ってるから、
雨が降ってきたらあいあい傘すればいいよ。
ところで今日はどこに行くの?
漆木:ヒナからもらった資料に、相続した山林の登記簿謄本があったでしょう。
ヒナ:とうきぼとうほん?
ああ、土地とかに関する書類ね。
あの山は副園長の鈴原さんの紹介でもう手放しちゃったけど、
あそこがどうかしたの?
漆木:裁判の原告の証拠としてもらった謄本は、
まだあの山がヒナのモノだったころのものだけど、
思うところがあって今現在のものを取り寄せてみたの。
これがそうよ。
ヒナ:こういうのって、その土地の持ち主以外の人でも取り寄せられるの。
漆木:登記簿は公示されているもので、誰でも見ることが出来る書類なのよ。
ま、実際はその土地の管轄の法務局に行って申請書を書いて手数料を払うか、
手数料と一緒に申請書を郵送して謄本を送ってもらうかして、
やっと見られるものなんだけれど。
ヒナ:面倒なのね。
漆木:オンライン化する動きもあるらしいから、
そのうち家の端末ですぐに見ることができるようになるかもね。
それで、この所有者移転の履歴を見て。
新しい登記簿によると、ヒナが売ってからもう3回も転売されてるの。
今の所有者はこの三津川ってひと。
3月はじめに購入しているわ。
ヒナ:へえ・・・
え?
この人の住所、この近くなんだ。
漆木:たいして価値のないはずの山がどんどん転売されているのも変な話だけど、
長野にある山の最後の買い手が、最初の持ち主のヒナと同じ市内に住んでいるのも
不自然な話ね。
ヒナ:みつかわ・・・みつかわ・・・
なんか聞いたことあるなぁ。
漆木:え、ほんとう?
ヒナ:ん〜〜〜〜〜、思い出せないなぁ。
みつかわ・・・
漆木:今日はその三津川って人の暮らしぶりをちょろっと調べに行くのよ。
ご近所にそれとなく聞いてみたりしてね。
ヒナにも手伝ってもらうわよ。
ヒナ:わかった。
漆木:この辺かしら。
ああ、あのマンションだわ。
あそこの606号室が、三津川の住まいなの。
ヒナ:ねえうるる〜ん。
もうお昼だし、そこのラピドでご飯食べてから聞き込みしない?
漆木:・・・そうね、そうしましょうか。
店員:いらっしゃいませ。
お二人様ですか?
漆木:ええ。
店員:ただいま喫煙席しか空いておりませんが、よろしいでしょうか。
漆木:いい?
ヒナ:かまわないよ、別に。
漆木:じゃあそこで。
店員:かしこまりました。
こちらです。
店員:ご注文がお決まりになりましたらお呼びください。
ヒナ:なににしようかな〜。
うるるんはどうする?
漆木:こういうところってあんまり来たことないから。
・・・何でもいいわ。
ヒナ:そうなの?
じゃああたしと同じのにしよう。
Bランチでいい?
隣客:おう、マジマジ。
ああ?
わかってるっつってんだよ。
るせぇな〜。
漆木:携帯であんなに大声出して喋って・・・。
マナーが悪い以前に、いまどき珍しいわね。
ええ、ヒナ。そのBのでいいわ。
・・・ヒナ?
ヒナ:・・・・・・・・・・・・・・・。
漆木:顔色悪いわよ、大丈夫?
隣客:バーカ、まかせとけっつってんだよ。
昨日の負け分くらい2時間で取り返してやるっつーの。
おう、出る台の見方教えてもらったんだよ。
ヒナ:うるるん、仕切りの向こうで携帯かけてる奴・・・
漆木:あの男がどうかしたの?
ヒナ:・・・あいつ、
あたしを襲った男に、喋り方と声がそっくり。
漆木:本当?
ヒナ:うるるんはそう思わない?
隣客:台の見分け方ぁ?ふざけんなよ、
教えねぇよ、お前なんかによ。
漆木:・・・わからないわ。
ああいう手合いはみんな同じに見えて。
似ているって言われれば、そうかしらって思うけど。
暗かったし、たいして会話もしなかったから・・・
ヒナ:あたし、あのときのことを思い出したくないって思えば思うほど、
逆になんども思い出しちゃって、
そのたびにあの喋り方とあの声が頭の中で響いて・・・・・・・・・。
あいつ、絶対そうだよ。
うるるん、どうしよう。
漆木:どうしましょうねぇ。
もしあのときのバカ男だったら、これは手がかりになるかもしれないわ。
う〜ん、
まず、あのときの男であるか、そうでないか。
そうである場合、誰でもよかったのか、ヒナと知っていて襲ったのか。
知っていて襲った場合、ただのストーカーなのか、
ダイブコンピュータの破壊に関係していたのか。
その場合、あいつは一体何者なのか。
確かめるもっとも効果的なアプローチは・・・・・・
こうしましょう。
私は先にここを出て、外からあいつを観察できる場所にいくわ。
そうね、・・・あの青い車のあるあたりにしようかしら。
ヒナはここでコーヒーでも飲んでいて。
ヒナ:あたし一人で?
ちょっとまってよ、あいつのいる隣に一人なんで嫌だよ。
漆木:あんまりあいつの方を見ないの。
気付かれるわ。
だいたい何を怖がるのよ。
こんな店の中でヒナをどうこうしようとするはずないでしょう。
ヒナ:それはわかっているけど、
でも、あたし・・・・やっぱり怖いし・・・
漆木:待ちなさいよ、ヒナ。
それじゃあ話が違うわ。
ヒナ:・・・・・・え?
漆木:あなたが、お父さんの無実の罪を晴らせるなら何でもやる、
ああいう男は怖いけどそれでもやるって言うから、私はあなたに協力してるのよ。
あのとき、あなたは私にそう言ったわよね。
ヒナ:う・・・、うん。
漆木:怖くて何もできないなら、最初から何もしなければいいわ。
今すぐ家に帰って、一人で泣いて暮らせばいい。
あなたがそういう子なら私も心配しなくてすむから、
今までのことは忘れて自分の生活に戻るわ。
ヒナ:う・・・、うるるん?
漆木:じゃあね、ヒナ。
ここでお別れね。
ヒナ:ちょ、ちょっとまって。
漆木:・・・・・・・・その手を離して。
もう探偵ごっこはおしまいよ。
ヒナ:ごめん。ごめんなさい。
あたしが間違ってた。
何でもするから行かないで。
お願い。
漆木:・・・・・・本当に?
ヒナ:うるるんの助けが必要なの。
お願いだから見捨てないで、ね。
漆木:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふぅ。
わかったわ。
そこまでいうのなら考え直しましょう。
これはあなたの戦いだってこと、忘れちゃダメよ。
ヒナ:うん。
ごめんなさい。
漆木:いい子ね、ヒナ。
じゃあ気を取り直して、作戦の説明をするわ。
なに、たいしたことじゃないのよ。
その前に、とりあえずコーヒーだけ頼みましょう。
・
・
漆木:じゃあ私はあそこで店中を監視するから。
手順どおりにね。
ヒナ:うん。
漆木:がんばってね。
会計は今のうちにわたしがすませておくわ。
ヒナ:(うるるんは先に店を出て、店内を監視できるあの場所に行く。
あたしは、うるるんも、あの男のほうも、絶対に見ちゃいけない)
隣客:そんでよ、そのオヤジがナマイキなことぬかすからよ、
オレは・・・・
ヒナ:(しばらくすると、うるるんはこの店に電話をかけてきて、
あたしを呼び出してもらうように店員さんに言う)
ヒナ:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・かかってこないな。
隣客:おう、もうかまわねーから、
むなぐら掴んで隅のほうに引っ張ってってよお
ヒナ:・・・・・・・・・やだな、あの声。
もう二度と聞きたくないのに・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・まだかな。
電話:ピルルルルルルルル・・・・
ヒナ:(ビクッ)
店員:(カチャ)はい、ラピッドストリーム潮見店です。
はい、・・・はい・・・たかしまめびな様。
女性の方でいらっしゃいますか?
はい、かしこまりました。少々お待ちください。
失礼しま〜す。
お客様の中に高嶋女雛様という方はいらっしゃいますか?
漆木さまというかたからお電話が入っています。
ヒナ:(あたしの名前があいつにもちゃんと聞こえるように、
呼ばれても最初は返事をしない)
隣客:そしたらそいつビビりやがってよ、
いきなりなさけねー顔して・・・・・
あ?・・・いまタカシマ・・・メビナって・・・?
ヒナ:(もう一度呼ばれたら、さりげなく返事をして席を立ち、
うるるんからの電話を取る。
その間も絶対にあいつの方を見ない。
自分は気付かれていないと思わせること・・・)
店員:あのぉ〜、
お客様の中に高嶋女雛様、いらっしゃいませんでしょうか?
ヒナ:・・・は・・・はい。
店員:高嶋様〜、
いらっしゃいませんか〜?
・・・・・・・・・いないみいたいね。
ヒナ:あの、はいっ!!
わたしですっ。(ガチャン)
うわっ!
ああ、水が・・・
隣客:・・・・・・・・・あの女、やっぱり・・・・・
店員:ああ〜、結構ですよ。
お客様お怪我はありませんでしたか?
ヒナ:ええ、すいません。
店員:高嶋女雛様ですね。
・・・漆木さまというかたからお電話が入っています。
お電話はこちらです。
ヒナ:・・・あっ、どうも
お手数おかけしちゃ・・・・・
店員:こちらでお話ください。
どうぞ。
ヒナ:はい・・・(コトッ)
はぁ〜〜〜〜〜。
うるるん、もひもひ?
漆木:もー、みっともないわね。
ヒナ:ごめんなさ〜い・・・
ヒナ:あいつの反応、どう?
こっちみてる?
漆木:見てる見てる。
あなたの名前に反応してたし、顔を見て驚いてもいたから、
これはあなたを知っているってことね。
すぐに携帯も切ったみたい。
どうやら、あの男はあのときのバカ男とみて間違いないようね。
よく特徴を覚えてたわね、。偉いわヒナ。
これで反応がないようだったら、わたしが直接目の前に行って ちょっと脅しかけようと思ってたけど、その必要はなさそうだわ。
・・・いま、そそくさとコーヒーを飲み始めたわ。
伝票を持って・・・席を立った。
・・・今振り向いちゃダメよ、ヒナ。
ヒナ:わかってる。
漆木:・・・会計をしてる。
思った通りね。
自分が襲った相手を見て驚いて、気付かれる前に逃げ出す気よ。
態度のでかい小心者ってところね。
今、あなたの真後ろ。
あなたから顔をそむけたまま通り過ぎたわ。
ヒナ:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(うう〜〜)。
漆木:いい、ヒナ。
私が合図をしたらもう大丈夫だから、電話を切って席に戻って、
荷物を持って店を出なさい。
会計はすんでるからそのまま出られるわ。
店を出たら私のところに急いで来て。
あの男を尾行するわよ。
ヒナ:うん。
漆木:・・・・・・・・・・・よし、GO!
ヒナ:(ガチャ)
あの、お、お電話どうもありがとう。
わたし帰らなきゃ。
会計はもう・・・
店員:はい、お済みです。
ヒナ:じゃあ、ご馳走さま。
漆木:ヒナ、こっちよ。
お疲れ様。
ヒナ:あ〜、怖かった。
腕に鳥肌が立っちゃった。
漆木:あの男はヒナの顔も名前も知っていて、ヒナを襲った。
ダイブコンピューター破壊の為の、計画的な犯行って思っていいわね。
ヒナ:あいつはどこ?
漆木:ほら、あそこ。
横断歩道のところよ。
ヒナ:あんな顔してたんだ〜。
漆木:そうか、顔は今初めて見るのね。
一応聞いておくけど、知ってる顔?
ヒナ:ううん。知らないヤツ。
・・・ねえ。
あいつさ、パチンコ屋に行くんじゃないのね。
漆木:え?なんのこと?
ヒナ:あいつが電話で「出る台」とか「2万円の負けぶんを取り返す」とか言ってたのって、
パチンコかスロットのことじゃないかと思うのよ。
あいつはあのあとパチンコに行くつもりだったんじゃないかな。
でも、あの方向にはパチンコ屋はないの。
駅の方に行かないと・・・。
漆木:なるほどね。
わたし、そういうのにも疎いから。
じゃあ、ヒナにあったことでそういう気分じゃなくなったのかもね。
これからどこに行くのかしら。
・・・あっ、
信号がまだ赤なのに横断歩道を渡ったわ。
まったく、なんて奴なの?
ヒナ:・・・ごめん。
漆木:え?
ヒナ:あっ、うるるん見て。
あいつ、あの三津川って人のいるマンションに入っていくよ。
漆木:・・・おー、これはこれは。
見失う前に私たちも行きましょう。
ヒナ:はあっ、はあっ、はあっ、はあっ・・・
漆木:情けないわねぇ。
ヒナ:だってエレベーター追いかけて階段を駆け上がればさぁ〜。
はあ、はあ、はあ・・・
漆木:し〜〜。もっと小さな声で。
こういうところは意外と声が響くのよ。
ヒナ:・・・・・・はい。
ねえ、ここ何階?
漆木:6階よ。
ほら、あいつがどの部屋に入るか見届けないと。
(カッチャン)
(キィ・・・バタン、・・・カチャン)
漆木:あそこか。
ヒナ:606号室・・・じゃない?
たしか・・・・・・
例の三津川って人の住まいも606号室だったよね。
ってことは、あれが三津川?
漆木:そうかもしれないけど、ちょっと待って。
あのドアのところのプレートに何か書いてあるわ。
ええと・・・「興栄不動産商事株式会社」
・・・そうか、606号室は三津川の住居兼事務所なのね。
あそこで不動産屋もやってるんだわ。
ということは今の男は三津川ではなくて、社員か、
事務所に出入りしてるだけの奴かもしれない。
三津川本人かもしれないけど・・・。
ヒナ:どうする?
踏み込む?
漆木:・・・踏み込まないわよ。
マンションに無関係のわたし達がここにいるだけでも、ほとんど住居不法侵入なのに、
そのうえ踏み込んだりしたら、警察に捕まるのはこっちよ。
とにかくいったんここを出ましょう。
漆木:ヒナが売った山を最終的に手に入れたのは三津川。
ヒナを襲った男は三津川本人かその関係者。
なんにしてもあの「興栄不動産商事株式会社」とやらは怪しいわね。
何がねらいなのかしら。
ヒナ:ねえ、三津川って名前聞いたことあるような気がしてたんだけど、
不動産屋で思い出した。
あの山で原野商法をやった不動産屋の社長、三津川って名前だったような気がする。
このあいだ、当時の新聞記事を読んだの。
漆木:ほんとう?
山の前の持ち主は・・・登記簿には・・・(カサカサ)
ヒナ:登記簿には会社名しか書いてないよ。
漆木:そうね、お父さんは「心和不動産」っていうところから買ったのね。
この会社のはたらいたあの詐欺は、
証拠不十分で立件されなかったんじゃなかったかしら。
こっちの方は調べてなかったわ。
もし会社名が違うだけで、同じ人間が山を買い戻したんだとしたら・・・・・・
ヒナ:どういうこと?
漆木:さあね、
わからないわ。
また原野商法で一儲けしようとしているのかしら。
もしそうなら、あのとき同様に売られた、周辺の土地の登記簿も
一度調べてみたほうがいいわね。
あの会社が買い上げているかもしれないわ。
ヒナ:同じ土地で同じことをまたやるっていうの?
もうみんな知ってるから、まさか誰も引っかからないでしょう。
バレバレじゃん。
漆木:そんなことないわ。
世の中には、騙されやすい人と騙されにくい人がいるの。
騙されにくい人は一度も騙されないけど、
騙されやすい人は同じようなことに何度でも騙される傾向があるのよ。
例えば原野商法の被害者の名簿を何らかの方法で手に入れて、
「おたくの土地が売れるかもしれませんので、測量させてください」
と言ってまわる連中がいるわ。
被害者は、どうせ役に立たない土地だから、売れるのならお願いします
ってことになるのよ。
でも、売れるなんて話は嘘で、実際に測量もしない。
連中は測量の手数料として、被害者から20〜30万円受け取って、
そのまま消えちゃうってわけ。
ヒナ:・・・被害者をさらに騙すなんて、ひどい話だね。
漆木:自分の願うことを実現してくれそうな人は、警戒しないで信じてしまうのね。
あの山だって、あと数年すればほとぼりも冷めて、また売れるでしょうよ。
お買いいただいた1年後には10倍の値段で売れますっていったって、
普通は信じないでしょ?でも信じちゃう人もいるのよ。
ヒナ:ふぅん・・・。
漆木:よし、じゃあまず、
心和不動産の三津川と興栄不動産商事の三津川が同じ人物か調べる。
同じなら、ヒナが売った土地の周辺の登記簿謄本も取り寄せて調べてみる。
何か出てくるかもしれないわ。
さ、今日は帰りましょう。
ヒナ:聞き込みはしないの?
漆木:ええ。
今朝とは状況が違うわ。
三津川とあの会社に対しては慎重にあたりましょう。
わたし達がかぎまわっていることを相手に悟られたらまずいし、
それに三津川の仕事内容を調べてからの方が聞き込みも効果的だと思うし。
大丈夫。
あいつらは逃げやしないわよ。
ヒナ:うん。
漆木:それにしても、おなかすいたわね。
ヒナ:う・・・うん。 |
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