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5月18日(金)
ヒナ:鈴原さんちかぁ。
パパに連れられて、子供の頃はよく遊びに来たな・・・。
最後に来たのは中学生のときくらいだったかな。
パパとあたしと、鈴原さんとおばさんと娘の紗枝ちゃんと5人で、
お庭で夕ご飯食べたっけ。
おばさんや紗枝ちゃんと会うの、すごく久しぶりだなぁ。
紗枝ちゃん、あの時はまだ幼稚園児だったけど、もう大きくなったろうな。
あたしのこと覚えてくれてるといいけど。
それとも、あのころと今じゃあ、あたしは髪の色も服の趣味も違うから
もうわからないかもね・・・・・・・
ヒナ:さてと。
(バタン)
どう切り出すかなぁ。
鈴原:やあ、女雛ちゃん。
よく来たね。
ヒナ:あっ、・・・鈴原さ〜ん。
どうしたんですか?
鈴原:いや、1年ぶりにこの車のエンジン音が聞こえたんでね。
出迎えに来たというわけさ。
お父さんの車を運転してきたのかい?
ヒナ:ええ。いつも乗ってるんですよ。
乗り心地はちょっとアレですけど、速いし、気に入ってるんです。
それに注目度高いし。
交差点で止まってると必ずみんな見ますね。
どんなヤツが運転してるんだってあたしの顔までジロジロ見られるから、
サングラスしてないと恥ずかしいくらいですよ。
鈴原:そういうものかね。
ヒナ:・・・まあ、KPGC10に初心者マークが貼ってあるのが
もの珍しいのかもしれませんけど・・・。
鈴原:ところで今日は急にどうしたんだい。
ヒナ:・・・実は、
ちょっとお伺いしたいことがあって。
鈴原:私に?
何のことだい?
まあ立ち話もなんだから、上がってきなさい。
うちに来るのは久しぶりだね。
ヒナ:えへへ。
ご無沙汰しちゃって。
鈴原:わたし一人だからたいしたもてなしはできんがね。
ヒナ:・・・・・・ああ、
今日はおばさん、いないんですか。
なんだあ、久しぶりに会えると思ってたのにな。
紗枝ちゃんは元気ですか?
今の時間ならまだ学校ですよね。
いま6年生かなぁ。
鈴原:いやいや、
早いもんで、紗枝も今年で中1だよ。
ヒナ:へえ〜、そうなんですか〜。
紗枝ちゃん美人になったかなぁ。
鈴原:・・・・・・・女雛ちゃん。
そうか、お父さんから聞いてなかったんだね。
実は、女房も紗枝も、もう家にはいないんだ。
3年ほど前にうちは離婚してね。
いまはわたし一人でこの家に住んでいるんだよ。
ヒナ:・・・・・・・・・えっ?
あ、・・・・・・ごめんなさい。
あたし知らなくて・・・・・・
鈴原:いや、いいんだよ。
あまり触れ回るようなことじゃないからね、
水族園でも、ほとんど誰も知らないはずだ。
ヒナ:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
鈴原:まあ、遠慮せずにあがりなさい。
ヒナ:あ、すいません。
おじゃまします・・・。
ヒナ:ああ、家具とか全然なくなっちゃってるんですね。
鈴原:私にはそれほど必要ないものだからね。
ほとんど2人に持たせたんだ。
いまはタンスとテレビと電話、それに冷蔵庫と洗濯機だけさ。
2人とも隣の市で元気で暮らしているよ。
このあいだ、紗枝の中学の入学式のときの写真を送ってもらったが、
あの子はヒョロヒョロ背ばかり伸びてなぁ。
髪も短くて男の子みたいな顔してたよ。
もうちょっと何とかならんかなぁ。
ヒナ:身長のある女の子はかっこいいですって。
お化粧したら化けますよ〜。
鈴原:そうかねぇ。
ヒナ:紗枝ちゃんが高校生くらいになったら、
あたしの言うことが正しかったってわかりますよ。
鈴原:もしそうなら、
それはそれで、親として心配だなぁ。
ヒナ:ふふふ。
今度は心配ですか?
難しいですね。
鈴原:高嶋も女雛ちゃんのこと心配してたよ。
大学にいったら突然金髪になった、なにがあったんだってね。
ヒナ:こ、これは別に・・・・・・
あたしは高校のときまで地味過ぎたんですよう。
大学デビューしようと思って初めてブリーチしたら、
失敗してまっキンキンになっちゃって。
でもそれはそれでいけてる気がして、以降そのままって感じで。
・・・・・・パパ、やっぱり気にしてたんだ。
金髪にした理由が「ブリーチ失敗」だなんて、
恥ずかしくて言えなかったんだよなぁ。
まあ今となってはしょうがないことですけどね。
鈴原:ところで、私に聞きたいことはなんだね。
ヒナ:・・・それなんですけど、
あの、鈴原さんの仲介で山を買ってくれた業者さん、
なんで買ってくれたんでしょうか。
あたしが言うのもなんですが、
あんな山買ってもしょうがないだろうにって思うもので。
鈴原:うむ。
あれは知り合いの不動産屋が同業者に声をかけて探してくれたところなんだ。
そこは私は直接知らん業者でね。
買い取ってくれる理由は私も当時気にはなったが、
なぜか、なんて聞かなかったよ。
せっかく見つかった相手だから、変な詮索をして話がこじれたらいやだからね。
女雛ちゃんこそ、なんで今頃そんなことを気にしてるんだい?
ヒナ:ん〜〜〜、実はちょっとおかしなことになってまして。
あたしの売った土地は、今は興栄不動産っていうところが持っているんですけど、
そこって名前は違っても、以前不動産詐欺でパパを騙した心和不動産と
中身がおなじなんです。
鈴原:それはまた・・・・・・本当かね。
でも、私が仲介して売ったのは、
そんな名前のところじゃなかったぞ。
ヒナ:ええ、わかってます。
そのあと3回ほど転売されて興栄不動産のものになってます。
鈴原:・・・それはたしかに気になる話だね。
だから不動産屋を調べているのかね。
ヒナ:ええ。
以前高く売った土地をわざわざ買い戻してるなんて、変な話じゃないですか。
何かたくらんでいるんじゃないかと思って。
考えられるのは、その不動産屋は同じ土地を使って、
また原野商法で儲けようとしているんじゃないかって事くらいなんで、
とにかく片っ端からあの辺りの登記簿謄本を取り寄せて、
周辺の土地がその不動産屋のものになってないか調べてるんです。
鈴原:・・・・・・よくまあそこまで。
一人で調べたのかい?
ヒナ:友達と二人でです。
鈴原:それはたいしたものだ。
がんばったね。
ヒナ:へへへ。
そりゃあパパの無実を証明するためですから。
でも、あんまり手がかりがなくて。
とにかく今は興栄不動産の外堀を埋めていけば、
何か見つかるんじゃないかって思って。
パパの無実を証明する何かが。
あそこがパパの死に関わっているのはほぼ間違いないんですよ。
だから・・・・・・
鈴原:君のお父さんは無実だよ。
私は信じている。
高嶋園長は横領なんかやっていない。
ヒナ:もちろんですよ〜。
よかった。鈴原さんもそう思っててくれるんですね。
鈴原:しかし、興栄不動産商事が高嶋の死に関わっていると、
どうしてわかったのかね。
ヒナ:ええ。
ダイブコンピューターが壊されたときに、
あたしに襲いかかって来た奴を、このあいだ町で偶然見つけたんです。
それであとをつけたら興栄不動産に入っていったんですよ。
あのダイブコンピューターは、パパが事故で死んだんじゃなくて、
殺されたかもしれないっていうことの唯一の証拠だったんですよね。
それをわざわざ壊したがるのは、パパを殺した人達ってことじゃないですか。
それでこの興栄不動産がからんでいるってことがわかったわけで・・・・・・
あれ?
鈴原さん、興栄不動産を知ってるんですか?
鈴原:・・・・・・ん?
いや、今日初めて聞いたと思うが。
ヒナ:でも、あたし最後の「商事」をつけるのがめんどくさいから、
いつも「興栄不動産」としか言わないのに、
さっき、鈴原さんは「興栄不動産商事」って言いましたよね・・・・・・?
鈴原:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ヒナ:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの
(ピルルルル・・・ピルルルル・・・)
あ、すいません。
鈴原:携帯電話かい?
じゃあ私は・・・お茶でも入れてこよう。
ヒナ:・・・・・・・・・・・・・・・どうも。
(ピ)
はい、高嶋です。
漆木:ヒナ?
私よ。
ヒナ:うるる〜〜ん。
どうしたの?
漆木:いま長野なの。
ヒナの持っていた山の周辺の土地を管轄している登記所よ。
まあ、登記所っていってもそういう建物があるんじゃなくて、
村役場の中のワンコーナーなんだけど。
ともかく、あの一帯の登記簿がやっと手に入ったわ。
ヒナ:ほんとに?
お疲れ様。
で、収穫はあった?
漆木:いろいろね。
気になる話もいくつか聞いたし。
まずひとつ。
先週、私と同じようなことを、ここに調べに来たやつらがいるってことね。
役場のおじさんが「このあいだの人たちの仲間かい?」なんて言うから、
話をあわせて聞き出したんだけど、
男3人で来て、私と同じように登記簿であの辺一帯の土地の持ち主を調べて
帰ったらしいわ。閲覧手数料の領収書はナシ。何者か不明よ。
ヒナ:警察じゃないの?
漆木:あの連中はそういうやり方はしないわ。
このての作業は地元の警官か、役場の人間に言ってやらせるものよ。
身分も名乗ってないし、こいつらは警察じゃないわね。
いったい何者で、なにを調べていたのかしら・・・。
そして二つ目。
ヒナが持っていた山だけど、
このあたりの会社でない社名をつけた車が、土木工事用具一式を積んで、
山に入っていくのを見た人がいるの。
三津川がやらせてるんだと思うけど、小規模な土木工事をやっているみたいね。
現地に行って見た人はいないから、何の工事をしてるのかはわからないわ。
ヒナ:なんだろう・・・。
うるるんはなんだと思う?
漆木:さあね。
誰かに売るつもりなんだろうし、
測量かなにかじゃないかと思うんだけど。
一応、これからこっそり見に行くつもりよ。
それ、わかったらまた電話するわ。
そしてここからが本題なんだけど、
・・・まず広範囲に登記簿を調べた結果、
三津川名義の土地、または興栄不動産商事の土地は、
ヒナの持っていあの山と、もうひとつ別の山の2箇所だけだったわ。
どうもまた詐欺をたくらんでいるってわけじゃないみたいね。
以前、原野商法詐欺をやった心和不動産名義だった土地は
いくつか見つかったけど、今現在の土地の持ち主は別の人物で、
住所はあちこちバラバラ。
この人たちはきっとヒナのお父さんと同じく、
心和不動産の詐欺の被害者でしょうね。
ヒナ:そうか。
みんな売るに売れなくて、持ったままなんだね。
あたしは売ってもらえてラッキーだったなぁ。
じゃあ、登記簿からは何もわからなかったんだ。
漆木:そうでもないのよ。
あなたの知っている人の名前が、その被害者らしき人たちの中にあったわ。
市立水族園副園長の鈴原正邦氏よ。
鈴原も、ちょっと離れたところに山をひとつ持ってたの。
つまり副園長の鈴原は、あなたのお父さんと一緒に、
心和不動産に原野商法詐欺にあっていたってわけ。
登記簿に記載されている鈴原氏の住所が一致するから、
人違いの可能性は万に一つもないわね。
ヒナ:鈴原さんが?
詐欺にあっていたなんて・・・・・
そんなことひとことも聞いてないよ?
漆木:あれだけヒナが困っていたのに一言も話さないなんて、
不自然な話よね。
黙っていたのは、何か含むところがあるってことよ。
あの山を売ってくれたのも、その鈴原なんでしょ。
ヒナ:・・・うん。
鈴原さんから「売った方がいい」って電話してくれて。
あのおかげで生活費けっこう助かったんだ。
ありがたかったよ。
漆木:それが向こうの目的じゃないわ。
あの山はきっと最終的に三津川の手に渡るようになっていたのよ。
三津川は何らかの理由であの山がまた欲しくなったんだわ。
その理由はこれから調べることになるけど、
ともかく鈴原はそれに協力していたの。
鈴原は連中とグルだと思ったほうがいいわね。
ヒナ:そんな〜。
鈴原さんはパパと昔からの友達なんだよ?
あたしがまだ小さいころからの・・・・・・
その鈴原さんがなんで三津川とグルなのよ。
三津川はパパの死とも関わりがあるかもしれないんでしょう。
おかしいじゃん。
漆木:ほかの被害者と違って
去年、鈴原の山だけは興栄不動産商事に買い戻してもらってるの。
興栄不動産商事の持っている2ヶ所の土地は、1つはヒナの持っていた山だけど、
もう1ヶ所というのは鈴原が持っていた山のことなのよ。
直接つながりがある何よりの証拠だわ。
これで話がつながってきたわね。
ヒナ:はなし?
漆木:いい?
鈴原が原野商法で騙されて大金を失ったあと、
鈴原の勤める水族園で予算の横領が行われ、
その罪を着せられてヒナのお父さんが殺された。
さて、横領の犯人は誰でしょう。
ヒナ:じゃあ、横領して
その罪をパパに着せて殺したのは・・・・・・・・・・・・・・・・・
漆木:それだけじゃないわよ。
ヒナとあたしが初めて会った晩、
ヒナを呼び出した偽メールがあったでしょう。
あれはヒナの事を知っている人物が書いたものだったわよね。
ヒナ:あれも鈴原さんが・・・・・・?
あたしを襲わせるために?
漆木:とにかく、鈴原のことについては私がそっちに戻ったら考えましょう。
それまでは絶対に鈴原に会わないようにして。
向こうから接触してきても、怪しまれないようにとにかく避けること。
いいわね。
ヒナ:でも・・・・・・・・・・・
漆木:ヒナ。
小さいころからの付き合いだそうだから
信じられない気持ちもわかるけど、
ここは私のいうことを聞いて。
ヒナ:・・・・・・・・そんなこといわれても、
今あたし、その鈴原さんちに2人きりでいるんだよ。
どうしよ。
漆木:なっ・・・・・・・・・・なんで?
いや、理由なんて何でもいいわ。
ヒナ、今すぐそこから逃げなさい。
私も山の偵察はやめて、すぐにそっちに戻るわ。
すぐに逃げるのよ。
ヒナ:う・・・うん。
漆木:気をつけて。
(プッ・・・プーーーーッ、プーーーーッ)
ヒナ:・・・・・・信じられないよ。
公金横領とパパを殺した犯人が鈴原さん・・・・・・?
鈴原:電話はおわったのかね。
ヒナ:ひゃあっ!
・・・・・・は、はい、
終わりました。
鈴原:今の電話は誰からだったんだい?
ヒナ:あの、あ、あたしの友達です。
あたしそろそろ帰らなくちゃいけないんです、
急用ができちゃったんです・・・・・・
鈴原:しかしいま、
公金横領とか、殺したとか、
キミはつぶやいていたようだが?
ヒナ:・・・・・・・・・・・・・・・そ・・・・・・・・・
・・・・・・そうですか?
何かの聞き間違いだとおもいますけど・・・・・・
鈴原:じゃあ、その急用とはなんなんだね。
ヒナ:それは・・・・ええっと・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
急に、友達が会いたいって・・・・・・・・・・・
鈴原:どこで?
ヒナ:・・・あの・・・その・・・・駅前で・・・・・・・・
鈴原:ものを考えるときに視線が右上を向いているときは、
何かを思い出そうとしているのではなく、
嘘をつこうとしているときなんだそうだよ。
何かを思い出すときは無意識に左上を見るんだそうだ。
ヒナ:えっ!?
いまあたし・・・・
鈴原:・・・なにをキョロキョロしているんだね。
今、自分がどっちを見ていたか気になったのかい?
語るに落ちているよ、女雛ちゃん。
少なくとも今の反応で、君が嘘をついていたのが分かったよ。
本当のことを言っていたなら、別にうろたえることはないだろうからね。
(ぐいっ)
ヒナ:はっ、離して下さい。
鈴原:どうしたっていうんだね。
ヒナ:離して!
鈴原:やはり都合の悪いことを知ってしまったようだね。
今の電話は例の友達か?
一緒に我々の周りをかぎまわってる友達とは、一体誰なんだ。
ヒナ:ほ、・・・・・・・・・ほんとに鈴原さんが?
鈴原さんが、横領をしたの?
パパと一緒に原野商法に引っかかって。
そしてパパを・・・・・・・・・
鈴原:そうか、登記簿を調べてると言っていたが、
それで長野のあの山のことも知ってしまったのか。
ということは私と興栄不動産商事とのつながりも
知ってしまっているということだな。
フム。
・・・まさか君がそんなことまで調べ上げてしまうとはな。
ヒナ:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
鈴原:・・・・・・まあ、知ってしまったものはしょうがない。
そうだよ。
水族園の金を横領をしたのはこの私だ。
−−つづく−−
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