5月18日(金) その2

壁際のヒナ

ヒナ:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
鈴原:知ってのとおり、私も原野商法に引っかかっていてね。
   数ヶ月後には3倍の値段で売れると思い込まされて、
   サラ金から金を借りて山を買ったんだが、
   これがいつまでたっても二束三文のままの山でね。
   サラ金の利子が膨らんで、取立てが家にくるようになってきた。
   女房には愛想をつかされて、そのとき離婚さ。
   そこで水族園の金を横領したんだ。

   横領はしばらくは誤魔化せたんだが、すぐに君のお父さんに見つかってしまってね。
   私は、昔のよしみでどうか見逃してくれと頼み込んだ。
   君のお父さんはしぶしぶだが、それを了承してくれたよ。
   その上、私のやり方ではすぐに発覚するからと、
   より巧妙に、いくもの予算を動かして横領した金を埋める方法を教えてくれた。
   そのときに書いてくれたメモを、私は大事に取っておいたんだよ。
   いつか使うときがくるかもしれないと思ってね。
   ・・・・・それが君のお父さんが横領した証拠とされている、あのメモだ。

   そして私はその通りに予算を操作して誤魔化した。
   うまくいったよ。サラ金への借金も返せた。
   高嶋は、少しずつでもいいから横領した金を返していけと言ったが、
   私は逆に高嶋の目を盗んで、少しずつだがさらに使い込んだ。
   一度やると、なかなかやめられないんだよ。
   いつのまにか4千万にもなっていたとは、さすがに驚いたがね。
   まあ、みんな高嶋がやったことなるからかまわないんだが。

ヒナ:鈴原さん・・・・・・なんで?
   なんでパパに罪をかぶせようとするの・・・・
   パパとは昔からの友達だったんでしょ?
   それに鈴原さんを見逃して、助けてくれたんでしょ?
鈴原:元はといえば、こうなったのはあいつがみんな悪いからだ。
   とてもいい話だからと、あいつがあの原野商法の会場に誘ったんだぞ。
   あそこに行かなければ、私はいまでも家族そろって幸せに暮らしていたはずだ。
   毎晩家に帰ってくれば灯りのともったこの家が迎えてくれたはずだ。
   紗枝の卒業式にも入学式にも行って、誕生日も祝ってやれたはずだ。
   だが、高嶋に誘われてあそこに行ったおかげで大金をふんだくられ、
   妻や娘と別れ、横領までしてしまった。
   高嶋のせいで全てを失ったんだ。
   罪をかぶるのは当たり前だとは思わないかね。

ヒナ:そ、そんなの勝手すぎるよ!
   騙されたのはパパも鈴原さんも一緒でしょ。
   悪いのは騙した連中と、そいつらの言うことを信じちゃった自分自身じゃない!
   水族園のお金を横領したのも自分でしょ?
   みんなパパのせいにしないでよ!
鈴原:お前みたいな小娘に私の気持ちがわかってたまるか!
   いいか、私は下げたくない頭を下げ、文句もいわず、いままで真面目に働いてきて、
   やっと家を持ち、家庭を持ち、それなりに幸せになれたんだ。
   それが、たった一つの間違いであっというまに消えてしまうなんて・・・・・・
   私の人生はなんだ?
   あんな役立たずの山で台無しになる程度のものだったっていうのか?

   ・・・それに引き換え高嶋は、あの薄汚い家具をいくつか処分して
   土地の代金をさっさと返してしまった。
   私が借金にあえいでいるというのに。
   こんな不公平はないだろう。

ヒナ:パパの宝物を薄汚いなんていわないでよ!
   パパはアンティークの家具をとっても大事にしてたんだから。
   それを売るのはとってもつらかったはずだよ・・・。
鈴原:私の味わったつらさに比べれば、そんなものなんだというんだ!
ヒナ:・・・・・・だから、パパを殺したの?
   罪を着せて、海に沈めたの?
鈴原:あれは私がやったのではない。
   高嶋が下らん意地を張るからだ。
   まあ、私としても横領の罪をかぶせるのに、
   あいつが死んでくれて好都合だったがね。

ヒナ:・・・・・・意地?
鈴原:あるとき心和不動産社長だった三津川が私に接触してきたんだ。
   あの山を買い戻してもいいとね。
   しかもあのときの約束どおり、買値の3倍の値段でだ。
   ただし私の山の買戻しには条件がある。
   買い戻すのは、高嶋の持っている山と一緒でなければダメだというんだ。
   彼らは最初、高嶋に直接山を買い戻すという話しを持ちかけたんだが、
   にべもなく断わられたので、私に説得を依頼してきた形になるな。

ヒナ:また騙されてるんじゃないの?
鈴原:万が一騙されたとしても、失うのはあの役立たずの山だけだろう?
   しかしそんな心配もなかった。
   今度は前金で、買戻しのときの支払額の1/3、
   つまり以前支払った額を口座に振り込んでくれたんだ。
   ほんとうに間違いなかったんだ。
   それなのに、高嶋はかたくなに拒み続けた。
   それでは私の土地も買い戻してもらえないじゃないか。

ヒナ:それは、そいつらがきっとまた
   悪いことをたくらんでると思ったからだよ。
鈴原:高嶋もそういっていたよ。
   あの土地を買い戻させたら、連中はまた詐欺を働くに違いないとね。
   それが下らんというんだ。
   おまけに高嶋はこのころになって、わたしが横領を続けているのに気がつき、
   水族園の金を返さなければ、今度こそ警察に行くと言い出した。
   高嶋が山を売ってくれれば、連中はわたしの山も買ってくれる。
   その金で横領した金を穴埋めするから、頼むから山を売ってくれといっても、
   高嶋は「それとこれとは別だ」と、首を縦には振らなかった。
   高嶋はどうあっても売るつもりはないようだった。

   ・・・痺れを切らした連中は、そう、去年の今頃だな。
   高嶋を呼び出すよう、私に言ってきた。
   久しぶりに一緒に潜りたいから、ダイビング装備一式持ってあの海岸に来てくれとな。
   ・・・海はなぎで、いい天気だった。
   ダイビング日和という奴さ。
   私と高嶋は海に潜る準備を始めた。
   あらかた装備を付けたところで、興栄不動産の二人、
   三津川と張山が現われた。
   高嶋の驚いた顔ったらなかったな・・・・・・・
   重いタンクやらウエイトやらフィンやらをつけていれば、
   まともに抵抗などできない。

ヒナ:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
鈴原:高嶋は2人に担ぎ上げられて、
   連中の車に押し込められて、どこかに連れて行かれた。
   それを見送ったあと、わたしは自分の車に乗って帰ってきたというわけさ。
   連中は夜になると船で沖に出て、すでに海水で溺死させた高嶋を海に沈めた。
   女雛ちゃんは知らないかもしれないが、
   ダイバーはおもりをベルトにつけて潜るんだ。
   これをちょっと多めにつけておいたおかげで、よく沈んだらしい。

ヒナ:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

高嶋氏の死


鈴原:水中銃を持たせたのは私のアイディアだ。
   遺体に水中銃みたいな違法なものを持たせておけば
   高嶋の社会的な信用を落としたうえに、
   ダイビングの目的も遊びではなく密漁ということになる。
   普通、ダイビングはバディを組んで、2人以上で潜るものなんだが、
   密漁ならひとけのない場所で一人で潜っていたことを、誰もおかしいとは思わない。
   こうして邪魔な高嶋を殺したら、あとは、高嶋の財産を相続した君を騙して、
   あの土地を買い戻すだけだ。
   転売先の調整に少し手間がかかったが、市との裁判の前に間に合ってよかったよ。
   裁判になれば、財産が仮差押されるのは見えていたからね。

   まあ、ダイビングコンピューターのことまで連中に教えなかったのは
   私のミスだったな。
   まさかエントリーすると自動的に計測を開始する機能が
   あるとは思わなかったし、あんなことから疑問をもたれるとも
   思っていなかったからね。
   たしかにあのデータだけでは何も証明できないはずだが、
   君たちは警察にも働きかけ始めた。
   万が一ということもある。
   あれはさっさと壊してしまう必要があった。

ヒナ:あたしを襲わせたのも、鈴原さんなの?
鈴原:いや、わたしはメールを打っただけで、
   襲ったのは興栄不動産商事の三津川と張山だ。
   張山が君を襲っているあいだ、三津川は君のカバンを拾って
   ダイビングコンピューターを取り出し、離れたところで叩き壊したそうだ。
   君は勇ましいね。ナイフを持っている相手に
   「やっぱりあんたなんかヤダ、どきなさいよバカ」
   と言ったらしいじゃないか。

ヒナ:鈴原さん、そんな、ひどいよ・・・・・・
鈴原:しかし、覆面をしていたはずなのに、
   よく興栄不動産商事に入っていくのがあのときの張山だとわかったね。
   なんでバレたのかは本人がいるときに改めて聞くとしようか。
   君がさっき携帯で誰かと電話しているあいだに、
   私も張山にここに来るように電話していたんだ。
   もうしばらくしたら着くだろう。

ヒナ:・・・ここに?
   あいつが?
鈴原:ああ。
   君の話を聞いていたら、かなり真相に迫っているようだったのでね。
   いざというときのために呼んでおいたのだよ。
   小さいころから知っている君を、この手にかけるのはいささか
   気が進まないからね。

ヒナ:・・・・・・・・・・・・すずはらさん・・・・・・・
鈴原:もっとも、君と電話していた相手をおびき寄せるまでは
   生かしておいてやるがね。
   そいつも知りすぎているようだから、始末しないといけない。

   
チャイム:(ピンポーーン)

鈴原:噂をすれば、という奴だな。
   張山が迎えに来たようだ。
   ほら、私と一緒にこい。
   君を連れて行くのにいい場所があるそうだ。

ヒナ:
いやっ!
   
嫌だよ鈴原さん、はなして!
   イッ、痛い!
鈴原:いうことを聞け!
ヒナ:
やめてよ!
   
イヤッ!
鈴原:この・・・てこずらせおって!
   
張山、いいから入ってきて手伝ってくれ!
ヒナ:鈴原さん、お願い、やめて!
   助けて!
鈴原:やかましい!
   
張山、早くしろ!

             (バシッ!)
ヴィジョン

ヒナ:・・・・・・え?
   今、なんか・・・見えた??
   何?
鈴原:張山!
   
来い!


客1:女の子の叫び声がした。
   様子が変よ?

客2:よし、行こ。

ヒナ:・・・・・・!!
鈴原:・・・・・・なに!?
   張山が来たんじゃないのか?


   
(ドタドタドタ)
客1:すいません、勝手に上がりました。
   いったいなにごとですか・・・?
   
あっ!
客2:ちょ、ちょとあんた、
   
その人になにしてんのや!?
鈴原:お、
お前たちこそ、いったいなんだ!

謎の2人(!)

客1:・・・あなたは鈴原副園長ですね。
   その女の人を放しなさい。
   あなたのしていることは犯罪ですよ。

ヒナ:たすけてください!
   連れていかれたら殺されちゃう!
客1:鈴原さんっ!
   その手を離しなさい!

鈴原:・・・・・・・・・・・・・・・・・
うるさい!
客2:俺、もう見てられんわ。
   あんた、その手ェを離さんと痛い目あうで。

鈴原:くっ・・・・・・
   ・・・・・・これまでか。

  
 (ぐいっ)
ヒナ:
きゃあっ!
客2:おっと。
   
(どさっ)

   ・・・大丈夫か、君。
    怪我ないか?

ヒナ:・・・・・はい。
鈴原:ダダダダダダダダダ・・・
客1:
あっ、待ちなさい!!
   ダダダダダダダダダ・・・

ブロン・・キュキュキュ、ブォォォォォォォ・・・・

ヒナ:ありがとうございました。
   あの、あなた達は?
   警察の人?
客2:いや、僕らはTPCのもんです。
ヒナ:TPC?

客1:・・・ふぅ〜、逃がしちゃった。
   こんなことなら駐禁なんか気にしないで
   すぐそばに路上駐車すればよかったね。

客2:いったいここで鈴原副園長となにがあったんや?

ヒナ:あっ、そうだ。
   今の人、私の父を殺した犯人なんです。
客2:なんやって!?
ヒナ:そうです。
   早く捕まえないと。
   警察に連絡してください!
客1:わかった。
   自動車のナンバーは覚えてるから、
   すぐに警察に手配します。

   (チャッ)
   (ピピポ)
   もしもし、はい、誘拐未遂と思われる件で、
   至急手配をお願いしたい車があるんですが。
   はい、白のトヨタターセル、ナンバーはこの付近のもので、
   し・○×−▽×です。
   乗っているのは市営水族園副園長の鈴原氏で・・・・・・


客2:ところでキミ、名前は?

ヒナ:高嶋女雛っていいます。
   市営水族園の前の園長の娘です。
客2:ああ、あの。
   ・・・え?でも、さっき「父を殺した犯人」って言うたやろ?
   高嶋元園長って事故でなくなったんとちゃうん?

ヒナ:そうじゃないんです。

客1:では、おねがいします。
   (ピ)
   もうすぐここに警察がきます。
   車のほうも手配しました。

客2:なあレナ、この人は高嶋元園長の娘さんなんやて。
客1:ホリイ君、それ本当?
客2:なんで高嶋元園長は副園長に殺されなアカンかったんかな。
   よかったら、僕らにもうちょっと詳しく教えてほしいねんけど。

ヒナ:はい・・・。


               ・
               ・
               ・


漆木:ほ〜んと、無事でよかったわ。
   あのヒナを襲ったバカ男の名前は、張山っていうのね。
   そいつ、鈴原の家に来るはずじゃあなかったの?

ヒナ:それが結局姿を見せなくて。
   来てはみたけど様子が変なのに気がついて帰っちゃったか・・・
漆木:それとも、逃げた鈴原が携帯で連絡を取って、
   行かないように言ったか、そのどちらかでしょうね。
   それでその、TPCの二人組には全部教えちゃったの?


携帯でううるんとお話し


ヒナ:うん。
   うるるんのことについては一言も喋ってないけど。
   ・・・まずかったかな。
漆木:う〜〜ん。
   ・・・警察の方はどうなの?
   ニュースじゃあ何にもやってなかったけど。

ヒナ:うん。
   TPCの二人に話したようなことを一通り話したよ。
   でも、やってくれてるのは鈴原さんの車を手配して、
   パトカー走らせて探してくれることだけみたい。
   横領のこととか、興栄不動産のこととかも話したけど、
   そっちはほとんど取り合ってもらえなかった。
   あした警察に出向いて、もう一度話さないといけないんだ。
漆木:鈴原を捕まえて話を聞くまでは、そっちに突っ込む気はないってことね。
   誘拐未遂とはいっても、もともとヒナの方から鈴原の家に行ってるんだし、
   横領や殺人に関するヒナの証言は又聞きにあたるから、証拠能力は無いしね。
   鈴原はどこに逃げたのかしら。
   ・・・前の奥さんのところかな。
   それとも、興栄不動産商事かしらね。
   あそこも今の時点では捜査されてないでしょうからね。
   早く捕まるといいけど、
   まあその辺は警察に任せるほかないわね。
   ところで、気になるのはTPCよ。
   その二人はなにをしに鈴原の家に行ったのかしら。

ヒナ:え〜〜?
   
・・・・・・さあ。
漆木:聞いてないの?
   一方的に喋らされただけ?

ヒナ:・・・うん。
   
あの、ごめんなんさい・・・
漆木:ああ、いいのよ、いいのよ。
   聞いたところで、それが本当のことかどうかなんて、
   どうせわからないんだし。
   それに今日はヒナだってショックだったんだもんね。
   鈴原に裏切られてて、おまけに殺されかけて。
   ・・・かわいそうなヒナ。
   
   まあしばらくは用心した方がいいわ。
   警察に喋っちゃった今となっては、
   口封じにヒナを殺す意味なんてないけど、
   あまりメディアに情報が流れてない以上、
   まだ間に合うかもしれないと勝手に思って、
   始末しに来る可能性もあるわ。
   鈴原だけじゃなくて、興栄不動産商事の連中もね。
   ヒナの家は連中に知られているから、しばらくあそこには戻らずに、
   友達の家かどこかに泊めてもらったほうがいいわね。
   あ、悪いけど私の家はダメよ。

ヒナ:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
漆木:心当たりないの?
   ヒナのお気に入りの弁護士さんちは?

ヒナ:いや、あそこはちょっと・・・・・・(笑)
漆木:なければそのへんの安いホテルなんかでもいいんじゃないかしら。
   なんにしても、弁護士さんに連絡はしたほうがいいわね。
   うまくいけば、裁判に勝てるかもしれないじゃない。

ヒナ:・・・へ?
   なんで?
漆木:だって、ヒナのお父さんはご自慢のアンティークの家具を売って
   土地の代金を支払ったって、鈴原が言ってたんでしょう?
   その取引先を突き止めて、売り買いの記録が見つかれば、
   ヒナのお父さんが横領なんかする必要がなかった証明になるじゃない。
   そういうのを買ってくれるところは、そんなに多くないと思うわ。

ヒナ:あっ、そうか〜〜!
漆木:鈴原が捕まって、自分の罪を認めて、
   ヒナのために法廷で証言してくれたら
   ヒナのお父さんの無罪は証明できるけど、
   それはなかなか難しいわよね。
   そうするくらいならヒナの口を塞ごうなんて・・・
   ん?
   いやでも、お父さんは鈴原に横領のアドバイスをしちゃったわけだから、
   懲戒免職の処分は避けられないかなぁ。
   退職金のほうは返さないといけないかもよ。

ヒナ:そういうことになるのかなぁ。
   鈴原さんが横領しているのを見逃しちゃったのは、
   パパの判断ミスだよね。
   それは間違ってるよね。
漆木:それに背任という犯罪だわ。
   まあそのへんは弁護士さんと相談して。

ヒナ:うん。
   でさぁ、わからないんだけど、
   なんでパパはあの家具を売ってお金を返せたの?
漆木:・・・どういうこと?
ヒナ:だってあの家具、相続のときも差し押さえのときも、
   評価額はタダ同然だったのに。
   いくつか売ったところでたいした金額にはならないでしょ?
漆木:ああいう評価額は、店から買ったときの金額をもとに、
   作られてから何年たってるかで計算して一律に出されるものだからよ。
   古い家具=ボロボロの家具ってわけ。
   いちいちアンティーク家具として鑑定なんかしないわよ。
   私は見たことないけど、それで借金を返せたってことは、
   ヒナの家にある家具は、出すところに出せば
   いい値のつくシロモノなんじゃないの?

ヒナ:そういうことか。
漆木:そういうことよ。
   もし裁判に負けたとしても、貯金に家具を売った代金をたせば、
   請求額の6千万円くらい支払えるんじゃないかしら。

ヒナ:もし裁判に負けたときは、あたしが借金してでも返すつもりだよ。
   簡単には返せないと思うけど、
   まあいざとなればお金稼ぐ方法はいろいろあるし・・・
   とにかく、なにがあってもあの家具は絶対に売る気はないから。
   あれはパパの宝物だもんね!
漆木:・・・ヒナっていい子だけど、
   ほんと〜にバカね。

ヒナ:なんでよ〜?
   バカバカいわないでよ。
漆木:ヒナのお父さんのほんとうの宝物は、
   家具なんかじゃないと思うわよ。
   ヒナがどうしてもヤバくなったら、
   家具なんか売っちゃえばいいのよ。

ヒナ:え?
漆木:じゃあわたしは一旦そっちに戻るわ。
   長野のあの山で三津川が何をやらせているのか気になるけど、
   それはまた日を改めて出直すことにしましょう。

ヒナ:あ、・・・うん。
   今晩泊まる所が決まったら連絡するね。
漆木:わかったわ。
   じゃあね、ヒナ。

ヒナ:バイバイ。


ヒナ:本当の宝物は家具なんかじゃない・・・?
   まあいいや。
   今晩どうしようかなぁ。
  (ピルルルル・・・ピルルルル・・・)
ヒナ:ん、誰だろ〜。
   あ、モト君!
   (ピッ)
   はいもしもし?
宮古:ヒナ、俺だ。
   園長から聞いたんだが、副園長に誘拐されかけたってほんとか?
   いったいどういうことなんだよ。

ヒナ:話せば長いんだけど。
   ・・・・・・ねえ、
   あのぉ・・・・・これから会ってくれる?
宮古:ああ。
   もう仕事は上がりだから大丈夫だ。
   どこがいい?

ヒナ:あたしがそっちに行く。
   30分後でいいかな。
宮古:ああ、かまわないけど。
ヒナ:ん、じゃあ奥の駐車場でね。



宮古:お待たせ。
ヒナ:このスカイライン、しばらくここにとめておいていいよね。
   超目立つから、今はこれ使いたくないの。
宮古:おい、ここは水族園の従業員駐車場だぞ。
ヒナ:だからだよ。だって大事な車だもん。
   お客用の駐車場は24時間開放されてるけど、
   ここは夜はシャッター閉まるし、普段も関係者以外立ち入り禁止だし。
   だからイタズラされる心配がなくて安全でしょ。
宮古:お前はここの関係者じゃないだろうがよ。
ヒナ:んも〜、ケチケチしないの。
   どうせさ、あしたから鈴原副園長はこないから、
   駐車スペースがひとつ空くわけじゃない。
宮古:なあ、鈴原さんはどうしちゃったんだよ。
   警察からの報告も断片的で、
   園長もあんまり知らないみたいで・・・。

ヒナ:聞いたら驚くよ〜。
   ささ、あたしをモト君の車に乗せて。
   そうしたら話してあげるから。
   はいこれ荷物。
宮古:お、おう。
   んで、どこ行くんだ?

ヒナ:とりあえずそのへん流してよ。
   

宮古とヒナ

宮古:鈴原さんが横領して、それを高嶋園長のせいにして
   殺した、か。
   あの人がそんなことをね。
   俺ら、裏切られたんだなぁ

ヒナ:あたしもショック。
   子供の頃から知ってる人だったからね。
   あたしお母さんがいないから、
   鈴原のおばさんのこと、やさしい母親みたいなイメージで
   見ていてさ。好きだったなぁ。
宮古:俺、ダイコンのこととか全部話して相談してさ。
   あれが壊されたのって、俺のせいだな。

ヒナ:ほんとだよ。
   もしあの時あたしがキズ物になってたら、
   モト君の責任だよ。
宮古:キズ物?
ヒナ:・・・な、なんでもない。
   
宮古:・・・でも良かったな、
   無事でさ。

ヒナ:うん。
   殺されかけたんだよね、あたし。
   TPCの人たちが来なかったら、あたし今ごろ・・・
宮古:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ヒナ:・・・・・・・・・・・・・・んで、
   漆木さんが言うには、しばらくあたしの家は危険だから、
   ほかのところに泊まったほうがいいって。
   もしかしたらまだ狙われてるかもしれないってさ。
宮古:なるほどなぁ。
   それで、これからどうするんだ?
   誰か泊めてくれる友達、いるんだろ?

ヒナ:ん〜?
   ・・・うん。
   というわけで〜、今晩、モト君ち泊めてよ。
宮古:はあ?
   バカいってんじゃないの〜。
   ほら、ふざけないで友達の住所言えよ。
   このへんなら大体わかるからさ。

ヒナ:ちょっと、バカのひとことで済ませないでよ!
   人がやっとの思いで言ってるのにさぁ。
   ね、・・・一緒にいてくれるだけでいいの。
宮古:お前、
   本気で言ってるのかよ?

ヒナ:
言ってるよ。
   今はいいけど、一人になったら、
   ・・・やっぱり怖いもん。
   ね、今晩一晩でいいから。
   いいでしょ?
   モト君といるだけで、あたし、すごい安心して・・・・・・
宮古:・・・ダメだよ。
ヒナ:なんで?
宮古:ダメだよ、ヒナ。
ヒナ:・・・あたしのこと、嫌い?
宮古:そうじゃないよ。
   でも、
   俺には、俺を信じてくれてる彼女がいるから・・・。
   ヒナには悪いけど、あの子を裏切るようなことはできない。

ヒナ:なんだよ、
   彼女に気を使ってるわけ?
宮古:あの子には今回の件、
   ダイコンのことも、高嶋さんが殺されたかもしれないってことも、
   いきなりかかってくるヒナからの電話も、
   理由も何も、何一つ説明してないんだ。
   それでも、俺の態度やなんかを見て、
   やましいことをしてるんじゃないよねって、
   理由はそのうち話すっていう俺の言葉を信じて、待っててくれてるんだ。
   ・・・ヒナのことは嫌いじゃあないよ。
   ただ、俺はあの子を裏切るわけにはいかないんだ。

ヒナ:
あ〜〜あ、
   もういい、もういいよ。
   あたしは一人寂しくそのへんのホテルで寝ちゃうよ。
   市との裁判のことで新事実がわかったから
   優しくて頼りになる白石先生にも電話しないといけないしさ。
宮古:新事実って、何かわかったのか?
ヒナ:教えてあげない。
宮古:あのなぁ・・・
ヒナ:
あ、決めた!
   ほら運転手君、そこを右に曲がって。
   あのビジネスホテルでいいや。
   今晩はあそこに泊まる。
宮古:・・・・・・うん。
   ヒナ、ごめんな。

ヒナ:キミみたいなシリシカレ男はあたしのほうから願い下げさ。
   あそこが駐車場の入り口じゃない?
宮古:段差があるぞ、
   喋ってて舌噛むなよ。


   (ドッスン)


ヒナ:あれ?
宮古:どうした?
ヒナ:いや、今そこの歩道に知った顔が・・・・・・
   あの子、どこで会った子だったかなぁ。
宮古:知り合い?
ヒナ:ううん。
   違うと思う。
   いいから行こう。
宮古:そか。
   しっかし、いきなりで泊めてくれるかなぁ。
   フロントまで一緒に行こう。
   ダメなら別の場所に行かないと。

ヒナ:・・・そうだね。

ホテルに入っていく二人

ヒナ:・・・うふふふ

宮古:なんだよ、気持ちわりぃな。

ズームアウト・・・

宮古:・・・くっつくなって。
ヒナ:いいじゃ〜〜ん。

目撃者


通行人A:・・・・・・・・・・・・・・うそ・・・・・・・・・・




宮古:部屋あいててよかったな。

ヒナ:ホテルって、どこもポーターが荷物運んでくれるんじゃないのね。
   まあたいした荷物はないけど。
   ありがとう。

部屋のまえ

宮古:はい荷物。
   お客様、お部屋はこちらの303号室でございます。
   じゃあな、おれはここで・・・・・

ヒナ:ねえ、ちょっと待って。
   よかったら中でお茶でも・・・・・・
宮古:ひな〜〜。
ヒナ:・・・・・・わかったよ。
   冷たいなぁ、モト君はさ。
   いいじゃん、ちょっとくらい。

   ・・・ほんの数時間前に殺されたかもしれないって思うと、
   一人になるのがほんとに怖いんだもん。
   このドアを開けたら、部屋の中にあいつらがいるんじゃないかとか、
   そんなはずないってわかってても、
   なんか怖くて・・・・・・
宮古:・・・ごめんな。
   でもダメなんだ。

ヒナ:じゃあ、ひとつだけ。
   ひとつだけお願い聞いて。
宮古:なんだ?
ヒナ:モト君、・・・・・・すこしのあいだだけ、
   ギューーって、抱きしめて。
   それで今日の怖かったこと、全部忘れられるかも。
宮古:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ヒナ:・・・・・・・・・・・・ダメ?
   ダメだよね。
   ごめん。
   ダメなのはわかってるんだけどさ、
   ・・・・・・でも、あのときTPCの人が来なかったら、
   あたし今頃、ここにこうやっていられなかったわけじゃない。
   死んでるかもしれなかったじゃない。
   そう思うと、・・・今言いたいこと言わなかったり、
   してほしいことをしてほしいって言わなかったりするのが、
   なんだかもったいない気がして・・・・・・
   だからさ、ちょっと言ってみただけなの。
   ・・・けっこうドキドキもんなんだけど、
   でもちゃんと言えて良かっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ。
宮古:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





抱きしめてくれた

宮古:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヒナ:・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   ・・・・・・・・なんか、落ち着く・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   なにがあっても、絶対に安心な感じがする・・・・・・・・・・・・・・・・
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
宮古:・・・正直いうと、俺もどうしたらいいかわからないんだ。
   彼女の信頼にこたえたいって気持ちもあるけど、
   ・・・ヒナと一緒にいてやりたいって気持ちもある・・・・・・・・・・・
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・でも迷ってて・・・・・・・・・・・・・・・・・

ヒナ:・・・・・ありがとう。
   そう言ってくれて嬉しいよ。
   ね、モト君、もっと強く。
   ・・・・・・・・・・きつく抱いて。
宮古:痛くないのか?
ヒナ:・・・・・・痛いくらいがいいの。
   夜、一人で怖くなったときに、
   モト君に抱きしめてもらったこと、すぐに思い出せるから。
   だからもっと、ギュって、・・・・・・・・・・キツく・・・・・・・・・・・・・・・・・

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・んっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ドダダダダダダダダダダダダダダダダダッ

ヒナ:(ビクッ)
宮古:なんだ?

ニコ:
いたぁーーーーーーーーっ!
リコ:
ほんとだっ!
   
ヒナ、大丈夫?

ニコリコ

ヒナ:ニコさん?・・・リコさ〜ん。
   いま超イイトコだったのにぃ〜〜!!
   ・・・こんなところでどうしたんですか?   
ニコ:リコちゃん見て、あの男!
リコ:あ〜〜〜っ!
   あんた、いつぞやのヤクの売人じゃない!?
   やっぱり、ロクな奴じゃなかったんだね。

宮古:ちょ、ちょっと待ってくれよ、
   あんときは君らの誤解だっただろ?
   つーか、なにごと?
リコ:うるさい!
   よっくも、うちのヒナをひどい目にあわせてくれたわね!
   
はっ!
   (ぐいいっ)

宮古:
あ痛てッ
   
いてててて!
リコ:今度は容赦しないからね。
   
うりっ!
宮古:あぅあっ!
   あっ、ちょっと、マジ・・・・・
ニコ:ヒナちゃん、大丈夫らった?
   もう安心らよ。

ヒナ:
二人とも、なにやってんですか!
   
ちょっとリコさん、
  その関節ワザはずしてよ〜。

リコ:え?
   間接はずすの?

ヒナ:
ちがーーう!(笑)
   
はずしちゃダメーー!
   その人は悪い人じゃないよ。
   ニコさんからも言ってよ〜。
ニコ:え〜〜、だってオレ、
   ヒナちゃんのたすけてーって悲鳴が突然頭の中で聞こえてさ。
   一緒に、男に襲われてるイメージと、恐怖と絶望が伝わってきて。
   それで慌ててリコちゃん連れて、ヒナちゃん追いかけてきたがよ。
リコ:おねえちゃん、よほど相性がいいのか、
   ヒナのいる方向がわかるらしくてさ、
   あちこち車でまわって、水族園で追いついて、
   そこからはあのパジェロを尾行してきたってわけ。
   そうしたらこんなホテルに入っていくじゃない。
   ヒナの身が危ないってことで、突入してきたってわけよ。

ニコ:よかったて〜。
   間に合ってぇ〜。

ヒナ:よくないよ。誤解だよ〜。
   あたしもう、とっくに助かってて、
   今ここまで送ってもらったところだったのに。
   ねえリコさん、本当にその人は悪い人じゃないんだから、
   いい加減はなしてあげてよ。
リコ:・・・本当に?
   本当にこいつは悪い奴じゃないの?
   ・・・・・・・・ってことは・・・また早とちり?
   しかも、またあんた?(笑)

宮古:また・・・・・・オレだよ。
   わ、悪かったな・・・。
リコ:あは、あはは。
   あらやだ〜〜ん♪

宮古:・・・・・・・・・・・・・・・
リコ:いやお客さ〜ん、こうすると腕の筋がのびてね、
   コリがほぐれてそれはいい気持ちに・・・・・・

宮古:・・・た、たのむから、
   こんどから・・・確かめてから・・・・・・・
リコ:あっ、そんな涙目で。
   ・・・あの、ごめんね。
   痛かったでしょ?

   (さすりさすり)
   ごめんね。




めでたし・・・?

ヒナ:リコさんたち、なんでモト君を知ってるの?
ニコ:細かい経緯は省くろも、
   リコちゃん、この人のことを麻薬密売人だと勘違いして、
   そのときも締め上げたが。

ヒナ:・・・まっ、麻薬?
   経緯はぶかないでくださいよ〜。
宮古:ヒナこそ、何でこの2人を知ってるんだ?
ヒナ:だってあたしがこのあいだまで働いてたの、
   ニコさんとリコさんのイズモザキ便利店だもん。
宮古:あ、そうなん・・・。
   じゃあ、この人たちのところに
   泊めてもらえばいいじゃんか。
リコ:うちに泊まるの?
   いいけど?
ニコ:大かんげいらよう♪
ヒナ:でも、やっぱり迷惑かけられないし・・・・・・。
ニコ:なに言ってるが。
   現にヒナちゃんに何かあったときは、ヒナちゃんがどこにいても、
   オレらすっ飛んできてるねっか。
リコ:お姉ちゃんの感覚は距離とか空間とかに無頓着だから、
   何かあったときには近くにいてくれたほうが
   走り回らなくてすむから、かえって楽なんだよ。
   いいからうちにおいでよ。

ヒナ:いいの?
   じゃあ、・・・・・・そうしようかな。
ニコ:わ〜〜い!
   ヒナちゃんおわげにお泊りろ〜ぅ!
   (おわげ=私の家)

宮古:やれやれ。
リコ:あんたもよかったら一緒においでよ。
   お詫びに晩御飯くらいご馳走するよ。

宮古:・・・・・・いや、いい。
   俺はもう一度水族園に戻る。
   二人とも、この子よろしく。
   じゃあな、ヒナ。
ヒナ:ええ〜、そうなの?
   一緒に行こうよ。

宮古:・・・いや、戻る。

ヒナ:そう。
   ・・・きょうはありがとうね。
   嬉しかったよ。
宮古:ああ・・
ヒナ:バイバイ。

リコ:・・・なんだよ、せっかく人が誘ってやってるのに。
ニコ:オレは無理もないと思うろぅ?
   さ、ここはキャンセルしてウチへ行こう、
   ヒナちゃん。

ヒナ:は〜い。


 
     
 
TOPに戻る 日記本文に戻る